「ビジネスに関わる行政法的事案」第49回 ハラスメントしていませんか? 

第49回 ハラスメントしていませんか?        神山 智美(富山大学)

     〜職場で「〇〇さんは精神的な病だって」という噂をすることのおそろしさ〜

 

はじめに

ハラスメントについては、かなり悩まされますよね。まず「その数が多いです」、「何でもかんでもハラスメントといわれます」、さらに「ハラスメントだ」と苦情を言うことでコミュニケーションをとっている人もいるように思います。

それでも、「その人が『嫌がらせを受けている』「居づらい』と思うのであれば、それはハラスメントです」と改めて考えさせられることがありましたので、書かせていただきます。

―架空の職場でのお話―

Bさんがストレスを抱えていて不調を訴えるようになりました。それを心配した同僚のAさんは、周囲にその相談をしました。すると、アルバイトのCさんが、(良かれと思って)「彼女には精神的な病を患ったという噂がある。よく知らないけど。」と言いました。

なんてことはない普通の職場での1シーンです。

しかしながら、この「精神的な病という噂がある。」との表現は、その噂があるのかということの確認もないままに、独り歩きをしました。

Aさんが、メーリングリストで、この話をうっかり書いてしまいました。「Bさんが精神定期な病を患っていて、様子がおかしいらしい。近づかないように。」こういう内容に受け取られました。また、Bさん自身にもこのメールは届き(MLのメンバーだったため)、Bさんも衝撃を受けました。

 

「精神的な病」という噂におびえる

Bさんは驚きました。“そんな噂あるの?”と思いました。ストレス性の帯状疱疹になり、痛みを伴うという症状は呈したことがあります。体調に不調をきたしましたが、それでも無理をしながらでも仕事は続けてきました。しかしながら、Bさんのお仕事は、妄想や幻覚に代表されるような精神を病む病気の人には、到底任せられない内容のものだったからです。

Bさんは、「仕事を外されるかもしれない!」という恐怖感を抱きました。それと同時に、「噂」という得体のしれないものに脅かされるのは困るとも思いました。

Bさんは、やむなく本来の所属の上司に相談しました。Bさんは、AさんとCさんの所属する部署と、本所属の部署とを兼任していたので、幸い、その上司は、AさんとCさんとは直属関係にはなかったので、相談しやすかったのです。

Bさんは相談しながら、「私に、『精神的な病という噂』があるようなのですが、お心当たりありますか?ストレス性の帯状疱疹で、神経性の者には心当たりあるのですが。得体のしれない『噂』というものに脅えさせられていて、困っています。」とも訴えました。

上司も、Bさんから相談を受けた周囲の人も、驚きました。「精神的な」病と言われ、それが「噂がある」として直接Bさんにまでそれが直接伝わった状態に対しての驚きです。「ひどいねえ、誰が言ってるの?」、「ストレス性の病気はしたけど(職場の皆は原因を含めある程度状況を知っているわけです。)、精神的な病は聞いたことないよね。」「ストレス性の病気と精神的な病を、一緒にはしないでしょう。」と。Bさんの仕事内容からも、得体のしれない「噂」をたてられることは名誉棄損・信用棄損だと思い、できるだけ対処せねばと思いました。

 

悪びれない「噂」の発信地?!

Bさんは、Aさんからのメールにご丁寧にも「Cさんから聞いた話では、」と書かれていたので、Cさんにメールで問い合わせました。しかしながら、返事がありません。

そこで、Bさんは、数日後にCさんのデスクに行って、直接尋ねました。

Bさん 「どうして返事もらえないの?」

Cさん「この件は、Aさんとうちの所属のもう一人の上長が対応すると言われたので、私の方では対応しないように言われています。」

Bさん「私に、精神的な病とのうわさがあるの?誰から聞いたの?それとも自分で作ったの?」

Cさん「噂を聞きました。でも誰からとか、どこでとかは、まったく覚えてません。

Bさん「どういう内容だったの?精神的な病なの?私の職業は個人の信用が重要なので、不確実なままいい加減なこと言われても困るのだけど。」

Cさん「何か知らない?と言われて、噂があったから噂があるっていただけです。なにかいけないんですか!?」

Bさん「精神的な病という噂を聞いたの?ストレス性の神経性の病気を発症してるので、それは必要に応じて話してるんだけど。」

Cさん「ストレスでなる過呼吸とか精神的な病気じゃないですか。そういう精神的な病気はだれでもなるものなんだから。(それなのに精神的な病って言っていけないんですか?)それに、広めてません。聞かれたから言っただけです。ここで言ってただけです。広めたのはAさんです。」

 

「噂」を「噂」としていうことは問題ないのか?、内輪のメールによる拡散は?

「噂」を「噂」として他の人に言うことは問題ないのでしょうか?

ツイッター(Twitter)に、「リツィート」という機能があります。これは、ツイッターにおいて、他者のコメント(ツイート)を引用して再投稿することで、拡散効果が高いです。こうした「リツイート」は、その内容の真偽を確かめずに行うと名誉棄損罪に問われる可能性があります。というのも、名誉棄損罪の成立要件は、「公然と」「事実を摘示し」「人の名誉を毀損した」行為となっているからです。

〔刑法〕

第230条 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀(き)損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。

また、 いくら拡散しても、「『噂』だけど、真偽のほどは知らないけど」、「聞いた話だけど」、「知らんけど」と最後に付け加えればいいのでは?なんて思われる方もいらっしゃるのではないでしょうか。しかし、それはかなり危険な行為です。

その噂が何かのきっかけになったときに、いつ誰に聞いた話なのか証明できますか?「あなた自身が作った「うわさ」ではないですか?」と尋ねられた時に、そうではないと証明できますか?

さらに、本件では、Aさんが、メーリングリストで、この話を書いてしまいました。その内容がB さん自身にも届いています。故意にAさんにも知れるように送っているとすればかなり直接的な攻撃になります。他方、本人の主張のとおりに誤送信であるとすれば、許される行為なのでしょうか?

Bさんにとっても知らなければ済む話だったのかもしれませんが、知らされたからこそ問題を認識して対処できるとも、本件を肯定的に捉えることも可能です。

言論の自由は日本国憲法にも規定されている基本的人権の一つです。しかしながら、名誉棄損をする権利は誰にもありません。

また、本件は、労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」(略称:労働施策総合推進法)に規定されているセクシャルハラスメントやパワーハラスメントという性質のものでもありませんが、病気というセンシティブな内容を含む情報やうわさの流布は、「働きづらさ」「いやがらせ」には十分に該当するともいえそうです(図表5)。さらに、病気は、SOGIハラのように、本人が隠していて人に知られたくないことを知らず知らずのうちに指摘して傷つけてしまう行為(例として、「ホモ」「オカマ」「レズ」等の文言を用いてからかう行為。)にも該当します。センシティブなものとして扱うことを旨としたいものです。

 

「噂」ではなく個人の評価を表明することはどうか?

では、きちんと自身の名を明らかにして、他人の行為を適示し、それに公然と評価を加えた場合にはどうなるのでしょうか?

国立大学法人茨城大学事件・水戸地判平成26年4月11日(労判1102号64頁)は、学長の教職員へのメール内容が、教授2名の社会的評価を低下させた名誉棄損であるとして損害賠償を認めたものです。

本件原告である教授2名は、パワハラ事案に対しての学内での調査等が十分になされなかったとして裁判所に提訴して記者会見を行いました。学長は、この言動を、学内教職員への一斉メール配信によって、両教授の言動を一方的なものと批判し、「大学に籍を置くものとして恥ずべき行動」と評価しました。その結果、両教授は、教職員らから、非難、無視、阻害をされ、孤立を余儀なくされたのですが、これらの行為は学長メールの内容を教職員らが信用した(忖度した)ということによるものとの判断がなされました。学長のメールの内容は、両教授の社会的評価を低下させたとして、裁判所は、両教授の精神的損害を確認し損害賠償を認めました。

立場と方法によっては、名誉棄損ととなるということですね。

 

「精神的な病」という表現は妥当か?

では、Cさんが「精神的な病」という表現を用いたことは妥当なのでしょうか?

Cさんは、病名について、「病気をするのは悪いことじゃない、だから言ってもいいのでは?」「ストレスによる過呼吸のようなものもあるし、広い意味で用いている」と言います。

ただ、この言葉の意味やその文言が持つイメージは、そのような軽いものではないともいえます。「精神病」は、一般に精神疾患を指す意味で使われることのある言葉ですが、厳密には精神疾患の中でも妄想や幻覚を特徴としたもので、現実検討ができない(妄想や幻覚であると認識できない)というものを指します「精神的な病」も、イメージとしては少し柔らかくなりますが、文言からすれば 類似のものと捉えうるでしょう。

私は、こうした表現を、医療者でもない素人が安易に使うのは良くないと思っていますし、人権問題であると思いますので、使わないようにしています。そもそも、素人には判断できないと思っていますし、安易なレッテル貼りの影響を勘案するからです。

 

雇用者の責任

Cさん個人の問題とは別に、Cさんはアルバイトとして雇用されている人でした。であれば、雇用者の責任も問われると思えますし、まずもっては教育啓発が必要に思えます。

以下に、関連するものとして、労働施策総合推進法の条文を提示します。

〔労働施策総合推進法〕

第30条の3(国、事業主及び労働者の責務)

国は、労働者の就業環境を害する前条第1項に規定する言動を行つてはならないことその他当該言動に起因する問題(以下この条において「優越的言動問題」という。)に対する事業主その他国民一般の関心と理解を深めるため、広報活動、啓発活動その他の措置を講ずるように努めなければならない。

2 事業主は、優越的言動問題に対するその雇用する労働者の関心と理解を深めるとともに、当該労働者が他の労働者に対する言動に必要な注意を払うよう、研修の実施その他の必要な配慮をするほか、国の講ずる前項の措置に協力するように努めなければならない。

3 事業主(略)は、自らも、優越的言動問題に対する関心と理解を深め、労働者に対する言動に必要な注意を払うように努めなければならない。

4 労働者は、優越的言動問題に対する関心と理解を深め、他の労働者に対する言動に必要な注意を払うとともに、事業主の講ずる前条第一項の措置に協力するように努めなければならない。

 

結び

幸い、この職場は人権意識の高い職場で、原則として、病気に関してはセンシティブ情報として扱うというような良識を、多くの人々は、有しているようです。しかしながら、誰にとっても、言葉の選択はときとして難しく、ふさわしくない言葉を用いることもあるでしょう。いっそうの教育啓発というものが必要であると考えさせられた案件でした。わたくし自身も気を付けたいと思います。

 

以上

 

(参考)

厚生労働省「悩んでいませんか?職場でのセクシャルハラスメント」

https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000333507.pdf