「ビジネスに関わる行政法的事案」第19回:パワハラ防止法制定、セクハラ・マタハラ規制強化

第19回:パワハラ防止法制定、セクハラ・マタハラ規制強化        神山 智美(富山大学)

 

はじめに

働き方改革が叫ばれるきっかけの一つに、2015年12月に起きた新入社員の過労死事件があります。国際的なトレンドを創り出している株式会社電通(以下「電通」という。)の新人女性社員の過労自殺事件です。そこでは、過労死のみではなく、パワハラも問題も問題にすべきであるという声も聞かれました。電通は、社員に違法な残業をさせたとして、「労働基準法違反」の罪に問われ、東京簡易裁判所は2017(平成29)年10月6日、電通に対し、罰金50万円の判決を言い渡しました。大企業である電通には軽すぎるのではないかとされた罰金刑でした。

人間関係のトラブルとしてのパワハラ

過労死ということになれば、違法な残業労働をさせた会社や上司(管理職、経営者等)の責任が問われるでしょうが、パワハラであれば、だれの責任が問われるのでしょうか。

パワハラであれば、パワハラをした人とその人を放置していた職場(企業)の責任が問われます。

そもそもパワハラの定義とは、また、どういう行為を指すのでしょうか?

 

パワハラとは?

パワハラとは、パワーハラスメントの略です。概して権力関係または優位的立場がある者からのハラスメント(嫌がらせ)ということになります。

パワハラの定義としては、厚生労働省ウェブサイトの「明るい職場応援団」において、以下のように記されています。ここで出てくる「職場での優位性」という言葉からは、同僚であればパワハラに当たらないのかと思われそうですが、そうではありません。一般的には上司・部下間の上下関係がある場合が多いですが、「人間関係や専門知識、経験などの様々な優位性」が含まれることから、先輩・後輩間、または同僚間でもパワハラに当たることがあります。

〔厚生労働省ウェブサイトより抜粋〕

職場のパワーハラスメントとは

職場のパワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいいます。

職場での優位性

職場での優位性・・・パワーハラスメントという言葉は、上司から部下へのいじめ・嫌がらせをさして使われる場合が多いですが、先輩・後輩間や同僚間、さらには部下から上司に対して行われるものもあります。「職場内での優位性」には、「職務上の地位」に限らず、人間関係や専門知識、経験などの様々な優位性が含まれます。

 

パワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)成立

2019(令和元)年5月29日、パワハラ防止を義務化した法律が制定されました。正式には、「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」(略称:労働施策総合推進法)の一部改正です。なお、改正案は、女性活躍推進法などとの一括法案として審議されました。

同改正では、「第8章 職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して事業主の講ずべき措置等」が新設されています。

 

〔改正労働施策総合推進法〕

  第8章 職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して事業主の講ずべき措置等(第30条の2―第30条の8)追加

(雇用管理上の措置等)

第30条の2 事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。

2 事業主は、労働者が前項の相談を行つたこと又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

3 厚生労働大臣は、前二項の規定に基づき事業主が講ずべき措置等に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(以下この条において「指針」という。)を定めるものとする。(以下略)

 

同法におけるパワハラの定義は、「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されること」となります。同法では、罰則は規定されませんでしたが、第30条の2第3項で、厚生労働省が「指針」を策定することとしており、2020(令和2)年4月の施行までにどのような指針が策定されるのかに注目しましょう。

(この指針に関して、厚生労働省から、令和元年(2019年)9月18日開催の「第18回   労働政策審議会雇用環境・均等分科会」において資料1として、「職場におけるパワーハラスメントに関して雇用管理上講ずべき措置等に関する指針の骨子(案)」が提出されています。)

ちなみに、「国、事業主及び労働者の責務(30条の3)」、「紛争の解決の促進に関する特例(30条の4)」、「紛争の解決の援助(30条の5)」、「調停の委任(30条の6)」、「調停(30条の7)」、「厚生労働省令への委任(30条の8)」というように、紛争の解決について公が助力することも明記してあります。

 

パワハラの6類型

以下に、前述の厚生労働省ウェブサイトに基本情報として示されている、パワハラの6類型を示します。思い当たることがある方は、気を付けましょう。「そんなつもりじゃなかった」「心を鬼にして厳しくしていた」と後で言っても、「パワハラしている人は自覚がない」「パワハラしてる側は、だいたいそう言うよね」と失笑されるだけです。

 

 

 

 

男女雇用機会均等法強化(セクハラ規制強化法)

あわせて、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(略称:男女雇用機会均等法)の一部改正もなされました。「職場における性的な言動に起因する問題に関する国、事業主及び労働者の責務(11条の2)」、「職場における妊娠、出産等に関する言動に起因する問題に関する国、事業主及び労働者の責務(11条の4)」も新設されています。この改正は、セクハラ・マタハラ規制強化法とも言われます。

この男女雇用機会均等法におけるセクハラ(セクシャルハラスメント)マタハラ(マタニティハラスメント)の定義は、以下の下線部の通りです。これらに関しても、「指針」が定められています。

 

〔男女雇用機会均等法〕

(職場における性的な言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置)

第11条 事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。

2 厚生労働大臣は、前項の規定に基づき事業主が講ずべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(次項において「指針」という。)を定めるものとする。(以下略)

(職場における妊娠、出産等に関する言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置)

第11条の2 事業主は、職場において行われるその雇用する女性労働者に対する当該女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法第65条第1項の規定による休業〔注1〕を請求し、又は同項若しくは同条第2項の規定による休業〔注2〕をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であつて厚生労働省令で定めるものに関する言動により当該女性労働者の就業環境が害されることのないよう、当該女性労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。

2 厚生労働大臣は、前項の規定に基づき事業主が講ずべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(次項において「指針」という。)を定めるものとする。(以下略)

〔注1〕労働基準法第65条第1項の規定による休業:産前休暇のこと

〔注2〕同項若しくは同条第2項の規定による休業:産前休暇もしくは産後休暇のこと

むすび

同法案提出の理由は、以下のように記されています。つまり、①国、事業者及び労働者個人に、ハラスメント防止の努力義務が規定され、②事業主が講ずべき措置が明確にされたのが、この改正と言えます。「努力義務」だから“できるだけやりましょう”ってことね、なんて思わないでくださいね。罰則規定はありませんが、いずれのハラスメントに関しても、明確な定義と禁止規定が創設されていますから。

〔改正法案提出理由〕

女性をはじめとする多様な労働者が活躍できる就業環境を整備するため、女性の職業生活における活躍の推進に関する取組に関する計画の策定等が義務付けられる事業主の範囲を拡大するほか、いわゆるパワーハラスメント、セクシュアルハラスメント等の防止に関する①国、事業主及び労働者の努力義務を定めるとともに、②事業主に対してパワーハラスメント防止のための相談体制の整備その他の雇用管理上の措置を義務付ける等の措置を講ずる必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。

 

以上