「ビジネスに関わる行政法的事案」第38回 自粛警察の是非。モンスターか、それとも自律的に注意しあえる関係か?

第38回 自粛警察の是非。モンスターか、それとも自律的に注意しあえる関係か?

神山 智美(富山大学)

 

はじめに (本稿は、2020年12月下旬に脱稿したものです。)

COVID-19(新型コロナウィルス)の感染リスクは、なかなか収まりません。第2波、第3波、なんていう言葉も聞かれますが、第何波まで来るのでしょうか?とはいえ、米国や英国では、ワクチン接種も始まっているそうなので、新型コロナウィルスもインフルエンザのように、人類が克服する日も遠くはないかもしれません。

今回のテーマは、「自粛警察」、「シルバーモンスター」等という表現に出会ったことから選定しました。この新型コロナウィルスは、世代間対立を生み出しています。というのも、高齢者や持病を持つ人(以下「高齢者等」とします。)が重症化しやすいとされていることから、高齢者等は若年層・働き世代に、高齢者等に感染させないように注意を払ってほしいと思っています。しかしながら、それは社会や高齢者等からの「お願い」であり、若年層・働き世代の自粛にも限界があります。さらに、若年層・働き世代は、「経済を回している」という自負のある方も少なくなく、この経済活動を担うことももちろんこの社会を維持するうえで重要な要素でもあります。

こうした背景のもとで、「自粛警察」とされる活動を実施される人が出てきたようです。攻撃まで駆使して私的な取り締まりを行われるのは、やはり恐ろしいですね。他方、その内容がまっとうなものであれば、「自律的に(お互いに)注意しあえる」ということなのかもしれません。というのも、ついつい面倒なことは避けてしまいますので、わざわざ他人に声をかけるなんてしませんよね。

自粛警察:「過剰防衛隊」「不謹慎狩り」「コロナ自警団」「自粛自警団」「自粛ポリス」などとも称される。大きな災害発生時や感染症の流行に伴う、行政による外出や営業などの自粛要請やマスク着用要請に応じない個人や商店に対して、偏った正義感や嫉妬心、不安感から、私的に取り締まりや攻撃を行う一般市民やその行為・風潮を指す俗語・インターネットスラングである。

行政は「互いに注意しあって」というけれど…

千葉県の森田健作知事は「年末年始、『今回だけは』の気持ちを持つことが大事だと思う。『ちゃんとマスクをしよう』『喚起しよう』とか声かけも大事」と言っている。なかなか口に出しては言いづらいけれど、お互いに注意しあうことは大事です。

ですが、「自粛警察」というのは、この「互いに注意しあう」という段階を超えている行為のようです。以下にいくつか事例(写真)を提示します。


互いに注意喚起しあえる関係性からのものではなく、匿名の者からの誹謗中傷または脅迫のような暴力的な文面や行為が多いようですね。

自粛警察
賀茂美則教授(ルイジアナ州立大学)の分析によれば、「法律で決まっているわけではないが、政府がそうして欲しいようだから、自粛しよう」という、よく言えば「協調性」、悪く言えば「忖度」という日本人の特徴によるもののようです。そして、ポイントは、「同調圧力」なのだそうです。「周囲の皆がそうしているのだから、罰則があろうがなかろうが、自粛するのが当然だ」と考える気持ちのようです。
さらに、こうした同調圧力は「いじめの構造」にも似ているとされます。自分より大きな組織である政府にはたてつかず、その意向を「勧善懲悪」という正義感で実現するために、自分より下と思われる者を攻撃しているようです。
自粛警察のすべてがよくない行為であるとも言い難いのですが、相手に恐怖感を与える手法は「やりすぎ」といえるのでしょう。

緊急事態宣言下なら都道府県知事が施設利用停止などの協力要請ができた
緊急事態宣言下は公園の遊具も使用禁止になるなどしていました。また高齢者等のグランドゴルフ等の催しも中止または延期にされていました。皆さんが、「我慢のとき」を強いられましたね。

その根拠条文は、「新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下「新型コロナ特措法」という。)」の次の条文です。まず、緊急事態宣言の根拠は同法32条1項です。そして、都道府県知事は、感染防止のための外出自粛などの協力要請をすることができるのは45条1項です。この外出自粛要請は、住民に広く適用されるため補償の対象とはならず、また、従わなかったとして罰則はありません。

新型コロナ特措法〕(抄)
第32条 政府対策本部長は、新型インフルエンザ等(略)が国内で発生し、その全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼし、又はそのおそれがあるものとして政令で定める要件に該当する事態(以下「新型インフルエンザ等緊急事態」という。)が発生したと認めるときは、新型インフルエンザ等緊急事態が発生した旨及び次に掲げる事項の公示(第5項及び第34条第1項において「新型インフルエンザ等緊急事態宣言」という。)をし、並びにその旨及び当該事項を国会に報告するものとする。
一 新型インフルエンザ等緊急事態措置を実施すべき期間
二 新型インフルエンザ等緊急事態措置(略)を実施すべき区域
三 新型インフルエンザ等緊急事態の概要

第45条 特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等緊急事態において、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため必要があると認めるときは、当該特定都道府県の住民に対し、新型インフルエンザ等の潜伏期間及び治癒までの期間並びに発生の状況を考慮して当該特定都道府県知事が定める期間及び区域において、生活の維持に必要な場合を除きみだりに当該者の居宅又はこれに相当する場所から外出しないことその他の新型インフルエンザ等の感染の防止に必要な協力を要請することができる。(下線は筆者による)

 

施設利用停止等の協力要請については、第1段階として、都道府県知事は同法24条9項により公私の団体または個人に対し、その区域内の対策の実施に関し必要な協力の要請を業種や類型毎にすることができます。しかし、それに正当な理由がないにもかかわらず応じない場合に、第2段階として同法第45条第2項の規定に基づく要請、次いで同条第3項の規定に基づく指示を個別の施設の管理者等に対して行い、その対象となった個別の施設名等を公表することも可能となっています。
なお、正当な理由とは、例えば、新型インフルエンザ等対策に関する重要な研究会等を実施する場合など、限定的に解釈されるとしています。

新型コロナ特措法〕(抄)
第24条 9 都道府県対策本部長は、当該都道府県の区域に係る新型インフルエンザ等対策を的確かつ迅速に実施するため必要があると認めるときは、公私の団体又は個人に対し、その区域に係る新型インフルエンザ等対策の実施に関し必要な協力の要請をすることができる。

第45条 2 特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等緊急事態において、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため必要があると認めるときは、新型インフルエンザ等の潜伏期間及び治癒までの期間を考慮して当該特定都道府県知事が定める期間において、学校、社会福祉施設(通所又は短期間の入所により利用されるものに限る。)、興行場(略)その他の政令で定める多数の者が利用する施設を管理する者又は当該施設を使用して催物を開催する者(次項において「施設管理者等」という。)に対し、当該施設の使用の制限若しくは停止又は催物の開催の制限若しくは停止その他政令で定める措置を講ずるよう要請することができる。

3 施設管理者等が正当な理由がないのに前項の規定による要請に応じないときは、特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため特に必要があると認めるときに限り、当該施設管理者等に対し、当該要請に係る措置を講ずべきことを指示することができる。(下線は筆者による)

 

シルバーモンスター」とは?
若年層・働き世代に対して、高齢者等に感染させないように注意を払ってほしいと思っている高齢者等が「自粛警察」になる場合は、「シルバーモンスター」等と表現されています。若年層・働き世代にとっては、モンスターのように思えるのでしょう。
では、老若男女が集う公共の場では、どのような様相になっているのでしょうか?例えば、公園や図書館等が問題となります。

緊急事態宣言を経て今は、「老人会の方が、公園で子供遊ばせるな、老人がどうなってもいいのかとすごい剣幕でやってくるんです」、「以前より圧力はすごいです。昼間の公園に子供達がいったところ、高齢者の方数人で張り紙をされていて、そのまま追い返されたと泣きながら帰ってきたんです」(子供会関係者)という声もあるようです。つまり、世代間の危険度や認識の違いを、そのまま目の前の相手にぶつけしまう事例があるようです。

 

ただし、こうした公共施設の利用を阻む行為は許されません。また、「学校に言いつけるぞ」、「お父さんお母さんに言いつけるぞ」という強迫も同様です。加えて、遊んでいる様子を撮影してSNSなどのソーシャルメディアでさらす行為も肖像権侵害や名誉棄損となるおそれがあります。

新型コロナ特措法違法確認請求事件
では、最後に、こうした「自粛」を迫る新型コロナ特措法の違法確認請求事件(東京地判令和2年7月1日(LEX/DB文献番号25585481)について解説します。(「自粛」を他人に迫られるというのは、なんとも不思議なものですね。)

原告は、被告「国」を代表して法務大臣に、令和2年3月14日に新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下「特措法」という。)が改正されたことに関し、①この改正により、国民の財産権(憲法29条1項)が侵害される危険があり、また、国家による私的経済への不当な介入のおそれがあるとして、特措法の改正が違法であることを確認すること、②特措法に基づいて都道府県知事から発せられる外出自粛要請を受忍する義務が不存在であることを確認すること、③特措法を改正することが相当である旨の公法上の判断を表示することを求めました。

これに対し裁判所は、次のように判断しています。

新型コロナ特措法〕(抄)
第45条 特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等緊急事態において、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため必要があると認めるときは、当該特定都道府県の住民に対し、新型インフルエンザ等の潜伏期間及び治癒までの期間並びに発生の状況を考慮して当該特定都道府県知事が定める期間及び区域において、生活の維持に必要な場合を除きみだりに当該者の居宅又はこれに相当する場所から外出しないことその他の新型インフルエンザ等の感染の防止に必要な協力を要請することができる。(下線は筆者による)

つまり、新型コロナ特措法45条1項における都道府県知事による住民への協力要請は、当該都道府県の住民に何らの法的義務も生じるものでないことは同法の内容・文理から明らかであり、令和2年4月頃の緊急事態宣言下に各都道府県知事が実際に発した外出自粛要請の内容も当該都道府県の住民に何らの法的義務を課していないことも公知の事実と判示されています。

こう考えると、「政府からも協力要請なのだから、一般私人である『自粛警察』に強要される理由はない」とも思えますね。ですから、なおさら、こうした「自粛警察」を生み出さないような、一人ひとりの自覚ある取り組みが求められているということにもなります。

 

(参考)
日経メディカル「新型コロナの特措法、混同されやすい2つの条文」2020年4月22日
大島 眞一(大阪高裁 部総括判事)
https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/clinic/saibankan/202004/565200_2.html

「第45条の規定に基づく要請、指示及び公表について」内閣官房新型コロナウイルス感染症対策推進室長(事務連絡 各都道府県知事宛 令和2年4月 23 日)
https://corona.go.jp/news/pdf/yousei_shiji_0423.pdf

時事ドットコムニュース 特集「自粛警察」の怖さを社会学的に分析する
賀茂美則(ルイジアナ州立大学社会学部長/米在住)(2020年8月13日掲載)https://www.jiji.com/jc/v4?id=202008jsks0001

ニュースポストセブン「自粛警察と化した高齢者 22時以降営業店の見回りする人も」2020.12.11 11:00
https://www.news-postseven.com/archives/20201211_1618591.html/2

日刊スポーツ「小池知事『連携したい』1都3県でコロナテレビ会議」2020年12月21日(月) 20:07配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/235ab0c3c99d08b23c2fa5f1c3c83d40877d1d07

ニュースポストセブン「公園や公民館を占拠する『シルバーモンスター』にどう向き合うか」2020年12月23日 16時5分
https://news.livedoor.com/article/detail/19427906/

 

以上