「ビジネスに関わる行政法的事案」第41回 入浜権について―自然にアクセスする権利―

41回 入浜権について自然にアクセスする権利

神山 智美(富山大学)

 

はじめに 

「すきま」というにふさわしい3月、つまり現地沖縄の緊急事態宣言が解除されていたときに、石垣と那覇に弾丸ツアーで出張してきました。久しぶりすぎて、飛行機の予約の仕方も、新幹線の予約の仕方も忘れてしまっておりました。

飛行機や新幹線の中は「密」になってないの?と思われる方もいらっしゃるでしょうが、いずれも隣席は空席で、互いにソーシャルディスタンスは保たれていました。コロナ禍中特有の雰囲気でした。

今回は、その折に学んだことの一部をご紹介したいと思います。

 

入浜権(いりはまけん)とは

入浜権」という言葉をご存じですか?

デジタル大辞泉によれば、「入浜権」とは、「すべての国民が自由に立ち入り、海水浴や魚介類の採取などを享受できる権利」を意味するようです。海浜等、すなわち河川、海岸および海洋のような公物は、自由使用を原則としています。許可使用は例外になるわけですね。その原則を国民の権利として示したものということです。

 

海水浴をする権利はどの程度守られるのか?

では、海水浴をする権利はどの程度保障されるべきものなのでしょうか。というのも、海浜は、埋め立て等の改変によって別の用途にも利用されることが少なくありません。また、漁業者も利用するわけですので、それなりに調整が必要になると思われます。さらに、埋め立ての場合に、漁業者の漁業権に対して補償金が支払われたという話は聞きますが、海水浴客に対して補償金は支払われませんし、海水浴客というとかなり広範囲の人を想定せねばならず、範囲の確定も難しそうだからです。

いわゆる長浜町入浜権訴訟判決(松山地判昭和53年5月29日判時889号3頁)を見てみましょう。事件は、愛媛県喜多郡長浜町の海浜が舞台です。町が、既に海水浴場であったところを改変して沖浦漁港を造成しようとしたのです。この行為により、長浜海水浴場の一部が海水浴場として使えなくなることになるため、住民が、住民らの生存権、環境権、入浜権の侵害を理由とする漁港の築造のための公金支出の差止を求める住民訴訟を提起しました。

この長浜海水浴場は、長浜町が1918(大正7)年に開設した旧長浜海水浴場を、1958(昭和33)年に沖浦地区に移動して開設されたもので、南予地方(愛媛県南部)における唯一最大の海水浴場でした。曲線美のある海岸線(なぎさ)、清浄な海水および前方に国立公園の青島その他美しい眺望のあることが、この海水浴場の魅力だったようです。

 

判決文には、次の文章があります。「地方自治は、住民の健康保全と部分的な福祉の増進のみを目的とするものでなく、多角的な目的があり、他の目的を達することにより、また福祉の増進があるのであるから、長浜町が既存の海水浴場の一部を取入れて本件漁港を修築する政策を立て、被告が執行機関としてこの政策を推進したとしても、それは、また被告の職分の一面を果すこととなるのであるから、本件漁港の修築が被告の職務上の義務に反して違法であるとは言えない。」

つまり、地方自治は、海水浴客のためにだけあるわけではなく漁業者のためにも存在しており、多角的な目的のなかで調整をしているということですね。

さらに、本件では、以下の事情も考慮されています。「長浜町は、本件漁港に取入れる120メートル部分の代償として、同じ長さの人工砂浜を海水浴場に続く西方海岸に造成し、あわせて防砂突堤(砂浜付)を建設する計画を立てているので、これが実現すれば、海水浴場の海岸の長さ及び面積は現在のそれと変らないこととなる。(二)しかも、本件漁港が建設されることにより、危険であつた従前の水泳禁止区域がなくなるので、安心して海水浴を楽しむことができ、防波堤ができるため波がおだやかになり、この機会に海水浴場の諸設備が整備されることが期待されるなどの事情により、長浜町民等長浜海水浴場を利用するものにとつては、むしろ有利となるものであり、したがつて、原告らが主張するごとく、本件漁港の築造により、地元住民の環境権、入浜権が侵害されることはない。」

すなわち、長浜町は、解す浴場としては危険な地域を漁港に改変し、その分の海水浴場用の海浜を造成しようとしており、海水浴客にはむしろ好条件が準備されているのではないかということです。

こうした「代替」手段は、当時から準備されていたのですね。自然環境の「代替(ミティゲーション)」は、日本では難しいと言われています。狭く生物多様性が豊かな地域なので、「同等の別の場所」というものが確保しづらいからと説明されています。しかし、海水浴場であれば、(幾分人工的な要素は高くなってしまうでしょうが、)代替地も確保しやすいかもしれません。

 

沖縄のビーチにアクセスする権利

沖縄のビーチというと、ビーチ沿いにはリゾートホテルが立ち並んでいる印象がありますね。(←なぜか沖縄の海浜は「ビーチ」と表現していますが、これは単純に筆者の主観に基づくイメージによるものです。)「地元の人はどこで泳ぐのだろう?」「リゾートホテルの前の海浜は、プライベートビーチなのだろうか?」という疑問がわきます。

ちなみに、「プライベートビーチ」とは、所有者または管理者あるいはこれらの者が認めた関係者のみが利用できるビーチのことです。対義語はパブリックビーチで、海水浴場等がこれに該当します。

ウエブサイトで確認してみると、「プライベートビーチ付きのホテル」を紹介するサイトに、以下のホテルが掲載されていました。沖縄のホテルもいくつかありますね。

 

こうしたビーチで泳ごうとすれば、海域から船で行くことは可能ですが、陸からは、リゾートホテルの1階フロアを通過せねばならなくなります。駐車場も、公営駐車場が整備されているとは限りません。原則として、ホテル宿泊客用の駐車場が完備されているということになるでしょう。こうした場合に、地元の住民には、このビーチにアクセスするということが可能なのでしょうか。(「お客さんのようにまぎれて、こっそり行けば可能でしょう」とおっしゃる方もいらっしゃるでしょう。確かにそうかもしれません。ただ、ここでは、「入浜権」のように、万人に対して海水浴が認められているような人権として認められるのかということを考えてみたいと思います。)

 

ビーチ(海浜)を自由に使用するための条例(沖縄県)

このように住民がリゾートホテル建設によって、ビーチから締め出されてしまうのではないかというおそれから、 沖縄県には「沖縄県海浜を自由に使用するための条例」があります。これは議員提出条例(政策条例)のようです。(沖縄に関しては、米国占領期にプライベートビーチとして囲い込まれた経験がありますので、なおさら懸念が高いのでしょう。)

この3条には、海浜利用自由の原則が規定されています。さらに、知事は、事業者に対して助言、勧告(すなわち行政指導)ができるとしており(9条)、それに従わない事業者を公表することが可能であるとしています(10条)。

「公表」というのは制裁的公表です。特に罰則は規定されていないので、軽いと受け取られがちですが、現代においては「制裁的公表」は企業イメージへの甚大なるダメージをもたらします。まして、ESG(環境、人権・社会、ガバナンス)を重んじる経営や投資が重視されてきている昨今においては、企業グループ全体に与える影響も少なくありません。その点では、知事がちゃんと行使すれば、かなりの実効性があると思えます。

 

海浜を自由に使用するための条例〕(沖縄県)平成2年条例22号

海浜を自由に使用するための条例をここに公布する。

(海浜利用自由の原則)

第3条 海浜は、万人がその恵みを享受しうる共有の財産であり、何人も公共の福祉に反しない限り、自由に海浜に立ち入り、これを利用することができる。

(事業者等の責務)

第6条 海浜及びその周辺地域において事業を営む者及び土地を所有する者(以下「事業者等」という。)は、公衆の海浜利用の自由を尊重し、公衆が海浜へ自由に立ち入ることができるよう配慮するとともに、県及び市町村が実施する海浜利用に関する施策に協力しなければならない。(下線は筆者による。)

(必要な措置の要請)

第8条 知事は、事業者等に対し、公衆の海浜への自由な立入りを確保するため、海浜への通路の確保等に関し必要な措置を講ずるよう求めることができる。

(助言、勧告等)

第9条 知事は、事業者等に対し、この条例の目的達成に必要な限度において、前条の規定による措置に関し報告若しくは資料の提出を求め、又は助言若しくは勧告をすることができる。

(公表)

第10 知事は、前条の勧告をした場合において、その勧告を受けた者がその勧告に従わないときは、その旨及びその勧告の内容を公表することができる。

同条例6条には、事業者は、「公衆の海浜利用の自由を尊重し、公衆が海浜へ自由に立ち入ることができるよう配慮する」必要があると規定されています。その内容は、同条例施行規則の2条によれば、次の2点です。無料で、自由に立ち入れるアクセスルートの確保が求められているということですね。

(1) 公衆が海浜へ自由に立ち入ることができるよう適切な進入方法を確保すること。

(2) 公衆の海浜利用又は海浜への立入りの対価として料金を徴収しないこと。

 

恩納村海岸管理条例

沖縄県の「沖縄県海浜を自由に使用するための条例」の4条には県の責務が、5条には市町村の責務が規定されています。市町村は、「県の施策に準じ、当該地域の自然的社会的条件に応じて、公衆が海浜へ自由に立ち入り、海浜利用の尾安渓を享受することができるよう必要な施策を策定し、及びこれを実施する責務」と有します。

具体的に見てみましょう。沖縄本島の恩納村といえば、沖縄屈指の、いえ日本屈指のリゾート地です。東シナ海の海岸に沿って走る国道58号線沿いには多くの大型リゾートホテルが立ち並びます。アメリカ合衆国のビル・クリントン大統領やロシアのプーチン大統領などの世界の首脳も、2000年の九州・沖縄サミットの際にはこの村のホテルに滞在しました。

 

海沿いにリゾートホテルが立ち並んでいます。そのため、住民のビーチアクセスは確保されているのかということは気がかりですが、この恩納村には、海岸法の施行条例としての「恩納村海岸管理条例」があります。その4条では占有には許可取得が必要と規定されており、その要件(5条)の一つとして、「(4) 公衆の海岸の利用に支障を及ぼさないこと。」が規定されています。

 

〔納村海岸管理条例〕(恩納村)平成14年条例第5号

(管理)

第3条 村長は、海岸の日常的管理を行うものとし、管理に当たっては住民との協働により海岸の整備、保全及び適正な利用の確保に努めるものとする。

(占用の許可)

第4条 法第7条第1項又は法第37条の4の規定により海岸を占用しようとするとき(沖縄県知事が海岸保全施設等を設置する場合を除く。)は、村長の許可を受けなければならない。

2 前項の許可を受けようとする者は、占用の内容その他村長の指示する事項を記載した申請書を村長に提出しなければならない。

(占用の許可基準)

第5条 村長は、前条第2項の申請があった場合において、当該申請が次に掲げる基準に適合しないと認めるときは、許可してはならない。

(1) 占用施設等が次条に掲げるいずれかであること。

(2) 占用施設等が海岸保全施設等に支障を及ぼすおそれがないこと。

(3) 海岸及びその周辺の環境を損なわないこと。

(4) 公衆の海岸の利用に支障を及ぼさないこと。

(5) 集団的に、又は常習的に暴力的不法行為を行うおそれがある組織の利益にならないこと。

 

結び

これらの条例の1条(目的)には、「秩序ある土地利用」「海岸の秩序ある利用」等を図り、「豊かな自然環境を保全」「公衆の自由な海浜利用を確保」し、もって「公衆の福祉」「健康で文化的な生活」に資することが記されています。

“秩序ある公物利用によって、それを適切に運用できる状態に保つことで、私たちの健康で文化的な生活の土台としていくこと”、これは海浜に限らないことといえます。公物管理のあり方とともに考えていきたい課題です。

 

(参考)

Snufkin「夏の海を独り占め!日本にあるプライベートビーチ付きホテル13選」

2019年09月05日 https://rtrp.jp/articles/6344/

以上