「ビジネスに関わる行政法的事案」第23回:副業で公職に立候補できるの?(兼業、居住要件の検討)

第23回:副業で公職に立候補できるの?(兼業、居住要件の検討)        神山 智美(富山大学)

 

はじめに

職業としての「政治家」って、考えたことありますか?ウェブで検索するといろいろな本が見つかります。皆さんのお手に取っていただけるようにと、工夫をこらした興味関心を惹くタイトルが多いですね。

新しいところでは、立憲民主党国会議員有志の会編著『君も政治家になろう』(花伝社、2019)が見つかります。「政治家」というとイメージされるのは国会議員、代議士先生でしょうか。それではちょっと大きな言葉すぎるなと思う人は、「地方議員」というワードに心惹かれるかもしれません。上野千鶴子プロデュース『市民派議員になるための本』(WAVE出版、2014)、伊藤大貴『市議会議員に転職しました。ビジネスマンが地方政治を変える』(小学館、2014)、佐藤大吾『1.21人に1人が当選!“20代、コネなし”が市議会議員になる方法』(ダイヤモンド社、2010)等の刺激的な本のタイトルにも驚かされます。

今回は、こうした地方議員や地方公共団体の長という公職の被選挙権(立候補要件)について考えてみましょう。

 

N国党の試みって?

近ごろ、N国党(正式名称:NHKから国民を守る党)のかたが、公職選挙法(9条、10条)の居住要件を満たされないのを承知して、地方議会議員選挙に出馬される事案が生じています。それを真似て、N国党以外の方が、問題提起または「無投票当選」を回避してあえて選挙を行わせるために、この居住要件を満たさないことを知りつつ立候補される事案も出てきています。

この居住要件は次のようなものです。

 公職の種類 都道府県知事 都道府県議会議員 市町村長 市町村議会議員
 居住要件    なし 三か月以上

その後も引き続き居住すること

(9条3項、10条3項)

   なし 三か月以上

(9条2項、10条5項)

 

〔公職選挙法(抄)〕

第9条(選挙権)

(略)

2 日本国民たる年齢満18年以上の者で引き続き三箇月以上市町村の区域内に住所を有する者は、その属する地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有する。

3 日本国民たる年齢満18年以上の者でその属する市町村を包括する都道府県の区域内の一の市町村の区域内に引き続き三箇月以上住所を有していたことがあり、かつ、その後も引き続き当該都道府県の区域内に住所を有するものは、前項に規定する住所に関する要件にかかわらず、当該都道府県の議会の議員及び長の選挙権を有する。

 

第10条(被選挙権)

日本国民は、左の各号の区分に従い、それぞれ当該議員又は長の被選挙権を有する。

一、二(略)

三 都道府県の議会の議員についてはその選挙権を有する者で年齢満25年以上のもの

四 都道府県知事については年齢満30年以上の者

五 市町村の議会の議員についてはその選挙権を有する者で年齢満25年以上のもの

六 市町村長については年齢満25年以上の者

 

居住要件に関する訴訟

この居住要件を満たしているかどうかが訴訟で問われるのは、多くは次のような事案です。

Xは、ある政党の党員です。その政党から推薦をうけて、甲市の市会議員に立候補し、当選しました。Xは、この立候補をするために、三か月前には、住民票を政党の県事務所がある乙市から甲市に賃貸したワンルームマンションに移動させていました(転入手続きを済ませていました)。しかしながら、Xは、本格的な選挙運動に入るまでは、実際には乙市で家族と生活していたのです。

Xの当選後、次点者であるY(またはその支持者等)は、「Xは三か月間の居住要件を満たしていない」として、公職選挙法206条1項に基づき、選挙管理委員会に対して異議を申し出ることになります。これによってXの当選が取り消されれば、Xは、206条2項の審査を申し出るか、当選の効力を争う訴訟(207条1項)を提起することになります。

 

 

〔公職選挙法(抄)〕

第206条 地方公共団体の議会の議員又は長の選挙においてその当選の効力に関し不服がある選挙人又は公職の候補者は、第101条の3第2項又は第106条第2項の規定による告示の日から14日以内に、文書で当該選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会に対して異議を申し出ることができる。

 

ここで問題になってくるのは、Xが結局落選してしまったことで、Xに投じた多くの人の票がムダ(死票)になってしまっているという現実です。まして、「三か月居住要件」を満たしていないにもかかわらず立候補して、当選に匹敵しうる得票をしたとすれば、それらの多くの票を投じた有権者が報われません。

他方、これらの有権者は、Xが三か月居住要件を満たしていると確認して投票したのでしょうか。立候補しているのだから、要件を満たしていると当然に思っているともいえますが、多くの人は、居住要件よりもXに、またはXの政党や政策に投票したといえるでしょう。こうした市民の意向も、選挙でくみ取っていく必要が出てきます。

 

そもそも住所とは

そもそもどうしてこんなことになるのでしょう。「立候補の段階で、選挙管理委員会がちゃんと審査すればいいじゃないの」と思われる方が少なくないのではないかと思います。

とはいえ、どこに住んでいるかをちゃんと審査する、って結構難しいことですよね。

 

そもそも住所とは、「住民票に記されているところ」や「住民税を納めているところ」ではありません。民法22条に、「生活の本拠」とされています。「生活の本拠」とは、大審院の決定では、「ある人の一般の生活関係においてその中心をなす場所(注1)」です。

これには、形式的な要素、主観的な要素、客観的な要素があり、安易に「ここが住所です」「そこは住所ではありません」とは決めづらい場合もでてきます。

 

〔民法(抄)〕

第22条 各人の生活の本拠をその者の住所とする。

 

〔注1〕大審院(抗告審)決定の原文では、「或人ノ一般ノ生活関係ニ於テ其ノ中心ヲ成ス場所ヲ其ノ人ノ住所ト云フ(大決昭和2年5月4日)」となります。

 

 

居住要件の審査

公職選挙法86条1項、2項によれば、立候補しようとする者は、選挙の期日の公示日または告示日に、文書で選挙長〔注2〕に届け出なければならないとされています。

ただし、現行の公職選挙法では、仮に、立候補要件を満たさないであろう者が届出したとしても、選挙管理委員会および選挙長も、その者の立候補を拒むことはできません。つまり、届出文書につき形式的な審査をしなければなりませんが、立候補者が被選挙権(立候補する要件を満たす立場)を有するかどうかについての実質的な審査をする権限を有さないのです。

 

〔注2〕選挙長:公職選挙法75条に規定されています。選挙管理委員会の選任で選ばれて(75条3項)、選挙会に関する事務を担当する(同条4項)、すなわち当該選挙を統括する役職です。

 

〔公職選挙法〕

第75条 各選挙ごとに、選挙長を置く。

2 衆議院(略)議員若しくは参議院(略)議員の選挙又は参議院合同選挙区選挙においては、前項の選挙長を置くほか、都道府県ごとに、選挙分会長を置く。

3 選挙長は、当該選挙の選挙権を有する者の中から当該選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会(略)の選任した者をもつて、選挙分会長は、当該選挙の選挙権を有する者の中から都道府県の選挙管理委員会の選任した者をもつて、これに充てる。

4 選挙長は、選挙会に関する事務を、選挙分会長は、選挙分会に関する事務を、担任する。

5 選挙長及び選挙分会長は、当該選挙の選挙権を有しなくなつたときは、その職を失う。

 

第86条 衆議院(略)議員の選挙において、次の各号のいずれかに該当する政党その他の政治団体は、当該政党その他の政治団体に所属する者を候補者としようとするときは、当該選挙の期日の公示又は告示があつた日に、郵便等によることなく、文書でその旨を当該選挙長に届け出なければならない。(以下略)

2 衆議院(略)議員の候補者となろうとする者は、前項の公示又は告示があつた日に、郵便等によることなく、文書でその旨を当該選挙長に届け出なければならない。

 

加えて、選挙期日前に一般選挙人に候補者が居住要件を満たしていないという事実を公表することも、選挙の自由公正を害すると判断した裁判例(福岡高判昭和26年11月30日LEX/DB27600361)もあります。

この裁判例で、裁判所は、選挙期日前に、一般の投票者にその候補者が立候補要件を満たしていないことを公表することは、その候補者の選挙運動を著しく妨害する結果を招き、選挙の自由公正を害するので、こうした行為は選挙の管理執行として違反するものとしています。他方、選挙期日前に、選挙長が管下の各町村選挙管理委員会委員長および開票管理者にあてて、特定の立候補者の氏名記載の投票は、立候補要件を満たしていないため無効として扱うよう通達したことは、妥当性を欠くものの選挙の自由公正を害したとはいいがたいため、選挙の管理執行に違反するとはいえないと判断しています。

 

 

有権者の意思をムダにしないために

そのため、選挙管理委員会や選挙長は、こうした候補者には行政指導しかできません。自身に立候補要件が備わっていないかもしれないことを知っていながら(意図的に)立候補している者は、行政指導に対して立候補を断念するわけはないことから、この候補者に投じられた有権者の意思(票)がムダ(死票)になってしまっています。

こうしたことから、わたしは、選挙管理委員会や選挙長に、立候補要件の実質審査または候補者情報の周知の権限を持たせることが必要ではないかと思っています。

地方議会議員選挙は、都市域は政策系の落下傘候補が増え、他方、町村域は立候補者不足という現状にあるため、いっそ地方議会議員にだけ求められている居住要件は撤廃し、居住歴を公開して有権者に判断を仰ぐことを検討してはどうかと提案しています。

 

その他の立候補要件―兼職の禁止

その他の立候補要件として、兼職の禁止があります。地方自治法92条、92条の2は、地方議会議員が兼ねることのできない職業を挙げています。

なかでも92条2項は、「普通地方公共団体の議会の議員は、地方公共団体の議会の議員と兼ねることができない」ことを規定しています。普通地方公共団体とは、地方自治法1条の3第2項によれば「都道府県と市町村」のことです。地方公共団体は、同法1条の3第1項によれば、「普通地方公共団体と特別地方公共団体」のことです。ですので、他の地方公共団体の議員を兼ねることはできないことになります。

また、92条の2は、その地方公共団体の事務の客観的公平さを担保することを目的とするために、議員がその地方公共団体と民法上の請負のみならず、広く営業行為等の経済的・営利的取引をすることを禁じています。

 

〔地方自治法〕

第1条の3 地方公共団体は、普通地方公共団体及び特別地方公共団体とする。

2 普通地方公共団体は、都道府県及び市町村とする。

3 特別地方公共団体は、特別区、地方公共団体の組合及び財産区とする。

 

第92条 普通地方公共団体の議会の議員は、衆議院議員又は参議院議員と兼ねることができない。

2 普通地方公共団体の議会の議員は、地方公共団体の議会の議員並びに常勤の職員及び地方公務員法(略。以下「短時間勤務職員」という。)と兼ねることができない。

 

第92条の2 普通地方公共団体の議会の議員は、当該普通地方公共団体に対し請負をする者及びその支配人又は主として同一の行為をする法人の無限責任社員、取締役、執行役若しくは監査役若しくはこれらに準ずべき者、支配人及び清算人たることができない。

 

さらに、公職選挙法89 条は、公務員の立候補制限として公務員の職に就いている人たちは立候補が制限されていると定めています。続く同法 90条は,立候補のための公務員の退職として,公務員が立候補届を出せば辞職の手続きが完了していなくても公務員を辞職したことになると規定しています。

公務員ではなく会社員でも、兼職は難しいとされています。前述しましたが、町村域は立候補者不足という現状にあります。議員という職業が副業にふさわしいかという議論もあるでしょう。とすれば、辞職ではなく、当選したら休職するという制度は創設できないかと思われる方もあるのではないのでしょうか。

 

〔公職選挙法〕

第89条 国若しくは地方公共団体の公務員又は行政執行法人(略)の役員若しくは職員は、在職中、公職の候補者となることができない。(以下略)

 

第90条 前条の規定により公職の候補者となることができない公務員が、第89条第1項から第3項まで若しくは第8項、第86条の2第1項若しくは第9項、第86条の3第1項若しくは同条第2項において準用する第86条の2第9項又は第86条の4第1項、第2項、第5項、第6項若しくは第8項の規定による届出により公職の候補者となつたときは、当該公務員の退職に関する法令の規定にかかわらず、その届出の日に当該公務員たることを辞したものとみなす。

 

むすび

はじめに、「職業としての『政治家』って、考えたことありますか?」と書きました。読んでくださったなかには、「私は三か月要件満たしているから大丈夫、立候補も考えてみようかした。」と思われた方もいらっしゃるでしょうか。または、「地方公共団体の長(都道府県知事や市町村長)は居住要件がないのだな、私は隣の自治体でずーっと働いているから、事情はよく知っている。いっそ隣の自治体の町長選挙に出てみようかな」思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。(松井一郎大坂市長(かつて大阪府知事)も大阪市内在住者でないことは有名なようです。)ご参考になれば幸いです。

そういえば、単身赴任をされているかたやデュアルライフ(複数の生活地を持つかた)を営まれている方は、どこで立候補するべきなのでしょうか。そういう生活が長ければ、どちらでも(複数の地方公共団体で)立候補できることになるのでしょうか?

 

(参考)拙稿「地方議員選挙における被選挙権要件に関する一考察 ―3箇月住所要件および兼業禁止規定について―」富大経済論集 ( 富山大学経済学部 )63 ( 2 ) ,1-24頁   2017年12月

 

以上