「ビジネスに関わる行政法的事案」第27回:行政の情報提供活動のありかたについて

第27回:行政の情報提供活動のありかたについて    神山 智美(富山大学)

 

はじめに

連日、いわゆる新型コロナウイルス感染症(正式名称はCOVID-19、以下「新コロ」と略す。)による恐怖が伝えられております。東京五輪もどうなるのかにメディアの関心も集まっています。(その後、五輪は1年延期が決まりましたが、本稿は、2020年3月24日に執筆しております。)

「新型」といえるのであれば、旧型もあったわけで、初めから「新型」といえる判別力があるのがすごいなあと、一素人としては思っております。国立感染症研究所(NIID)のウェブサイトをのぞくと、「コロナウイルスとは」というページがあり、「ヒトに蔓延している風邪のウイルス4種類と、動物から感染する重症肺炎ウイルス2種類が知られている。https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/9303-coronavirus.html(2020年3月24日最終閲覧)」と明記されています。私が知らなかっただけで、これらが「旧型」なのでしょうね(図表1)。

 

新コロ関連の情報提供活動

新コロ関連で問題となっていることの一つに、感染者として勝手に特定されSNS等で周知されることで迷惑をこうむる人が出現することです。私人が勝手に「甲会社勤務のAさんが感染したらしい。Aさんは○○ライブハウスの常連だから、心当たりのある皆さん気を付けてね。」とつぶやいたとします。この私人は、面白半分ではなく、皆に「気を付けましょう」と知らせるために、この情報を拡散したとします。しかしながら、甲会社やAさんには、少なからずのダメージが予想されます。それは、感染が事実であっても事実でなくとも同様です。こうした場合に、この私人は、名誉棄損や業務妨害に問われ刑事・民事共に代償を払わされる可能性があります。

では、行政はどのように情報提供活動をするべきなのでしょうか。上記の私人のように、おせっかいで(ボランタリー精神で)行うものではないことは、広く認識されていることでしょう。その指針となるべき法律と、判例を以下でたどってみます。

 

感染症法の規定

まず、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(いわゆる「感染症法」)の16条に、情報の公表の規定があります。

これによれば、行政は、「積極的に」公表しなくてはならないが「個人情報の保護」にも留意せねばならないと規定されています。公表内容が詳細になればなるほど個人が特定されやすくなりますので、行政は難しい判断を迫られますね。とはいえ、知りたいまたは周知したいのは「個人(誰か)」ではなく、その「感染者」の行動経路ですね。情報を得た側も、それを心得た行動をする必要があります。

 

〔感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律〕

第16条  厚生大臣及び都道府県知事は、第12条から前条までの規定により収集した感染症に関する情報について分析を行い、感染症の予防のための情報を積極的に公表しなければならない。

2 前項の情報を公表するに当たっては、個人情報の保護に留意しなければならない。

 

判例による事案 ― O-157のカイワレ騒動って覚えていますか?

堺市内で腸管出血性大腸菌(O-157)による集団食中毒事件が発生しました。

堺市のウェブサイトによると、次の経過が確認されます。発端は、平成8(1996)年7月13日(土曜)午前10時頃、市立堺病院より「7月12日の夜間診療で下痢、血便を主症状とする小学校の患者10人を診察した」との通報が堺市環境保健局衛生部にあったことでした。そして、13日時点で市内33小学校255人の学童が下痢等を訴えて医療機関を受診していると判明したため、堺市は、堺市学童集団下痢症対策本部を設置し、情報収集、医療体制確保、原因究明等の活動を開始しました。
その後激しい腹痛、下痢、血便を訴える学童患者は急増し、7月13日夜から14日にかけて堺市内の病院、診療所、急病診療センターに二千数百名が受診し、救急用ベッドが満床となったほどだったようです。

最終的には、堺市学童集団下痢症対策本部の原因究明プロジェクトによる各種調査および検査の結果を検討しましたが、「すべての検体から原因菌が検出されなかったため、原因食材の断定には至らなかった」とされています。

ただし、疑わしいものとして「カイワレ大根」が挙げられました。というのも、①同時期に老人ホームで発生した集団事例において、7月7日および9日に出荷された特定の生産施設の「カイワレ大根」が献立に含まれており、かつ有症者の便から検出された大腸菌O-157のDNAパターンが堺市の集団食中毒のものと一致したこと、②実験により、貝割れ大根の生産過程における大腸菌O157による汚染の可能性があること、および保管の過程における温度管理の不備により、食品衛生上の問題が発生する可能性が示唆されたことでした。そのため、さらに詳細な分析結果を含め総合的に判断して「堺市学童集団下痢症の原因食材としては、特定の生産施設から7月7日、8日、及び9日に出荷された貝割れ大根が最も可能性が高いと考えられる。」と発表しました。

 

マスコミ報道の影響は、迅速かつ甚大です。カイワレ大根生産業者らは、テレビニュースによる中間報告の内容報道がされた後の同日午後には、取引先であるスーパーマーケット等から、同日入荷したカイワレ大根を店頭から撤去し、翌日以降貝割れ大根を入荷しない旨の連絡を受けました。

また、大手スーパーマーケットの多くが、同日午後以降、カイワレ大根を販売することを中止し、外食産業においても、その多くが、カイワレ大根を商品として提供することを中止しました。そのため、同日以降、原告業者らを含むカイワレ大根生産業者に対するカイワレ大根の注文は、ほとんど撤回され、新規の注文もほとんどなくなりました。

 

判例による事案 ― 日本かいわれ協会による訴訟

まず、日本かいわれ協会が、原告となっている訴訟です。原告は、厚生大臣(当時:被告)がO-157に起因する学童らの集団食中毒につき、科学的根拠がないにもかかわらず、カイワレ大根が原因食材とは断定できないが、その可能性も否定できないとの中間報告および原因食材である可能性が最も高いとの最終報告を公表したことで売上が激減したと主張し、国に対し、損害賠償を求めた事案があります。

第一審(東京地判平成13年5月30日・判時1762号6頁)は、被告による本件各公表は、本件集団下痢症に関して重大な関心を寄せていた国民に対する情報提供と食中毒事故の拡大防止および再発防止の観点から行われたものであり、それは食中毒処理要領の趣旨に沿った措置であり、公表の目的に合理性がなく、不相当なものであったとは認められないとしました。また、その公表方法も、社会的混乱を避けるための一定の配慮が行われていると認められるから、不相当であったとは認められないとしました。以上のことから、被告の本件各公表が国家賠償法上違法であるとの原告の主張は認められないとして、請求を棄却しました。

 

 

第二審(東京高判平成15年5月21日・判時1835号77頁)も、本件報告の疫学的判断及び結論に不合理な点は認められないとした原審の判断を是認しました。そのうえで、中間報告の公表方法において、厚生大臣が曖昧な内容をそのまま公表し、カイワレ大根が原因食材であると疑われているとの誤解を広く生じさせた点に違法があるとして、控訴人らの請求を一部認めました。

 

判例による事案 ― 当該カイワレ生産者による訴訟

次に示すのは、カイワレ大根の生産者が原告となっているものです。原告は、被告である厚生省に対し、病原性大腸菌O-157による学童の集団下痢事件について被告が発表した調査結果が、科学的根拠が無いにもかかわらず原告が出荷したカイワレ大根をその原因食材であると事実上断定するものであったため、これにより原告の名誉および信用が毀損されカイワレ大根の売上も大幅に減少したとして損害賠償を求めました。

第一審(大阪地判平成14年3月15日・判時1783号97頁)は、本件調査の態様や中間報告の発表、および最終報告の発表は相当性を欠くものであったとして、被告厚生省に対して600万円の支払いを命じました。

第二審(大阪高判平成16年2月19日・訟月53巻2号541頁)も、本件調査は、原因食材を特定するというところまでの正確性、信頼性を有するものとは認められず、本件各報告公表は、違法性判断基準に照らしてみれば、情報公開という正当な目的があったとしても、被控訴人の名誉、信用を害する違法な行為であるといわざるを得ないとし、控訴を棄却しました。厚生大臣(当時)が集団食中毒の原因についての調査報告を公表するに当たっては、公表の目的の正当性、公表内容の性質、その真実性、公表方法・態様、公表の必要性と緊急性等を踏まえ、公表することが真に必要であるか否かを検討すべきであるところ、中間報告については公表すべき緊急性、必要性が認められず、最終報告については誤解を招きかねない不十分な内容であり、厚生大臣が行ったいずれの公表も相当性を欠き名誉、信頼を害する違法な行為であるとして国家賠償法1条1項による損害賠償責任があると判断したのです。

 

公表の仕方が問われている

公表したこともその内容も不相当とは言えないが、その公表の仕方が不相当(違法)ということですね。裁判所は、「本件各報告公表自体には、国民のための情報提供という面では正当な目的があったと認めることができる。しかし、控訴人が主張するような食中毒の拡大防止・再発防止が主な目的であったとは認められない。」と判断しています。そこでは、時期と方法・態様が問題とされました(図表4参照)。

 

 

生命・健康(公衆衛生)と経済(企業の名誉等)を天秤にかけると

何のために公表するかと考えると、感染症法16条1項にある「感染の予防のため」という公益性です。生命・健康を守るためになされる措置と言えます。

では「その公表の内容や仕方に何らかの瑕疵(まちがい)があった場合にはどうするのか」という問題には、国家賠償により事後に償うことが想定されています。償い方は、金銭賠償とされています。

生命・健康と経済を天秤にかけると、どうしても「生命・健康」に重きが置かれます。とはいえ、経済(企業の名誉含)が後になって取り戻せるものとする考え方には、異論もあるでしょう。わたくしも、単純に区別も序列付けもできないと考えています。というのも、失った信用や信頼は、すぐには取り返せませんし、長期間のダメージは計り知れません。企業であったとしたら、取引先や融資元との関係に影響をきたし、倒産することも考えられます。途中で事態をはかなんだ自殺者を出すこともあるでしょうし、関係者の健康は、少なくとも一時的には害されることでしょう。このように、経済へのダメージは、諸個人の生命・健康にも深く結びついているからです。

 

以上