「ビジネスに関わる行政法的事案」第42回 魚釣り(魚捕り)をする権利を考える
第42回 魚釣り(魚捕り)をする権利を考える
神山 智美(富山大学)
はじめに
前回に引き続いて自然へのアクセスということで考えてみたいと思います。前回は、海浜の利用ということで入浜権やビーチアクセスについて考えました。今回は、その沖といえるのでしょうか、魚釣りや漁業を行うための海や川・湖へのアクセスということを考えてみます。
自然へのアクセスといっても、その態様は様々です。レジャー目的の釣りもあれば、生業と言えるものもありますし、その中間(半農半漁業や、休日漁業等)もあります。さらに、多くの人が普段は意識しない日本の先住民族(アイヌ等)との調整も必要となります。
いずれにしても、「漁業資源管理」といって、対象魚種が海等に実際に存在して、かつそれを釣っても(捕っても)良い状態でなくてはなりません。こうした漁業資源管理の役目は、一般的には行政が担うとされていますが、実際に資源管理を行うのは現場の漁業者ということになるでしょう。
以下では、3件の裁判等からこの問題を考えてみたいと思います。
1.レジャー目的のバスフィッシングは許されるか?
はじめに、外来魚放流禁止条例国家賠償等請求事件(滋賀県)大阪高判平成17年11月24日判自279号74頁を見てみましょう。
オオクチバス、コクチバス(いわゆるブラックバス)およびブルーギルは、いわゆる外来生物法(正式名称:特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律)における特定外来生物に指定されています。同法は、問題を引き起こす海外起源の外来生物を特定外来生物として指定し、その飼養、栽培、保管、運搬、輸入といった取扱いを規制し、特定外来生物の防除等を行うこととしています。ですので、いわゆる「キャッチ・アンド・リリース(再放流、釣りで釣った魚を生かしたまま、釣った水域、地点で同所的に放流する行為)」は、規制対象とはなりません。
こうしたところ、滋賀県は、琵琶湖の外来生物の防除(要するに駆除)活動をおこなっていますので、キャッチ・アンド・リリースを見すごすわけにはいかず、2003年には滋賀県琵琶湖のレジャー利用の適性化に関する条例(いわゆるリリース禁止条例)で禁じられました。
〔滋賀県琵琶湖のレジャー利用の適正化に関する条例〕 平成14年滋賀県条例第52号
(外来魚の再放流の禁止)
第18条 レジャー活動として魚類を採捕する者は、外来魚(ブルーギル、オオクチバスその他の規則で定める魚類をいう。)を採捕したときは、これを琵琶湖その他の水域に放流してはならない。
これに対して、釣り愛好家等が「キャッチ・アンド・リリースによって魚釣りを楽しむという釣り人としての自己決定権やオオクチバスを殺生することなく再放流するという思想的信条、宗教的信念という憲法上の具体的権利を侵害する」と主張して、滋賀県を被告として提訴した。
裁判所は、本件規定そのものが原告らの主張する憲法上の権利等に重大な関わり合いをもつものとして、その適用によって、これらの権利等に直接具体的な影響を及ぼすとは認められないと判断した。
原告らは、キャッチ・アンド・リリースを禁じられるということは、釣ったら殺さねばならないということを意味しており、それが思想的信条または宗教的信念に基づきできない場合には、釣りを楽しむことができなくなると主張した。しかし、裁判所は、この琵琶湖でのオオクチバスのキャッチ・アンド・リリースをしない義務を課している県条例は、魚釣りを楽しむという自己決定権(憲法13条)やオオクチバスを殺生することなく再放流するという思想的信条、宗教的信念(憲法19条、20条)に直接具体的な影響を与えるものではないので、その制定行為には処分性が認められないと判断した。
現在では、釣り人が魚をその手で殺傷する必要が無いようにと、「外来魚回収ボックス(リリースボックス)」が各所に設置されている。
2.伝統であり生業としてのサケ漁の権利―アイヌの「先住権」
2007年の国連先住民族権利宣言には日本も賛成しています。しかし、日本の先住権保障は十分ではないと評価されており、2018(平成30)年、国連の人種差別撤廃委員会は、アイヌの先住権が十分には保障されていないとして、日本にその権利保護を勧告しました。
2019年、いわゆるアイヌ新法(正式名称:アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律)が制定されました。ちなみに、アイヌの人々は、2017(平成29)年の調査では、13,118名が確認されています(図表3参照)。
問題となっているのは、アイヌ民族にとっては生活の糧であり、アイヌ語では「カムイチェプ(神の魚)」と呼ばれる特別な存在であるサケの漁が、明治期以来、水産資源保護法等で禁じられてきたことです。アイヌ民族の子孫らが原告となって、彼らには先住権としてのサケ漁の権利があり、これを禁じた法令は適用されないことの確認を求めました。
ちなみに、サケとマスは漁業法や水産資源保護法に特別の規定があります。水産資源保護法25条によれば、内水面(河川・池・沼)においては、県知事などの許可なく遡上するサケを採捕することはできないと規定されています。
水産資源保護法
(内水面におけるさけの採捕禁止)
第25条 漁業法第8条第3項に規定する内水面においては、溯河魚類のうちさけを採捕してはならない。ただし、漁業の免許を受けた者又は同法第65条第1項若しくは第2項及びこの法律の第4条第1項若しくは第2項の規定に基づく農林水産省令若しくは規則の規定により農林水産大臣若しくは都道府県知事の許可を受けた者が、当該免許又は許可に基づいて採捕する場合は、この限りでない。
このサケ、マスおよびサーモンというものには、次のような違いがあります。
まず、マス(鱒)はサケ科の魚です。かつては、河川ですごすものを鱒、海と行き来するものをサケ(鮭)と区別したり、サイズで大きいものが鮭、小さめは鱒と分けたりしていた時代もあったようですが、遺伝学が進歩し、そういった分類ではまとめきれないことがわかり、その区別は専門家の間でもまだ研究段階にあるそうです。
サーモンとサケ(鮭)の区別は、「アトランティックサーモン」や「トラウトサーモン」で、冷凍状態で輸入されて生食が可能な物等を指すとされています(NHK「チコちゃんに叱られる」2021年1月22日放送)。サーモンがすしネタになったのも、こうした空輸サーモンが日本に入ってきたからのようですね。
となると、富山の「鱒(マス)ずし」ですが、歴史的には、「桜鱒(サクラマス)」を発酵させずに酢で味つけした押し寿司の一種なのですが、天然の「サクラマス」なんていつも釣れるとは限りません。ですので、往々にして“マスやサケが使われている”と言われているのですが、お刺身に近い生感のあるタイプの鱒ずしは、正確には“マスやサーモンが使われている”ということになるのでしょうか。
こうした状況において、2020(令和2)年8月、アイヌ民族が地元の川でサケを捕獲するのは先住民族の権利だと主張して、北海道浦幌町のアイヌ団体が、国と道を被告として提訴しました。これは、捉えようによれば、アイヌという先住民族が、彼らが伝統的に利用してきた資源を利用し続ける「先住権」の確認を求める裁判といえ、国内で初となります。
3.TACによる太平洋くろまぐろ漁業の漁獲枠が制限されることに関する国家賠償請求事件 ―北海道
最後に、札幌地判令和2年11月27日LEX/DB文献番号25568415を紹介します。
この事件のポイントは、TAC(漁獲可能量制度)にあります。TAC(漁獲可能量制度)とは、水産資源の維持のため特定の魚種ごとに捕獲できる総量を定めたもので、毎年設定されます。本来は、漁業資源を枯渇させないための保全の仕組みなのですが、この漁獲枠を厳格に守ることによって資源管理するために、国内では毎年、都道府県ごとに漁獲枠が定められ、取りすぎてしまった量は翌年以降の漁獲量から差し引く制度を設けています。
このような仕組みであれば、翌年以降のことを考えて余計に取りすぎないように自主規制するのではないかと思われるでしょう。しかし、漁獲枠は都道府県ごとに設定されますので、都道府県内に複数ある漁業協同組合間や漁業者間の調整が必要になります。そして、それらは、都道府県によって監視(モニター)され、必要に応じて助言、指導、命令等が行われます(図5赤下線部分参照)。
本件では、訴えたのは漁獲枠を守ってきた留萌地方の漁業者たち(一本釣り船)です。事の発端は、2017(平成29)年には、道内の漁獲枠の10倍にもの水揚げがあったことから調査が行われ、渡島地方の漁業者たち(定置網漁業)が、上限の13倍にあたる量を取ったことが明らかになりました。そのため、翌年の2018(平成30)年からは漁獲枠が割り当てられず、実質的な禁漁状態が続いています。そこで、漁獲枠を守ってきた留萌地方の漁業者たちが、国と道を被告として、この漁獲枠制度を守らせるような措置を徹底させなかったことに対して賠償請求をしたのが本件です。
確かに、ルールを守ってきた人たちが、ルールを守らなかった人と同様に制裁を受けねばならない仕組みには、賛同できません。とはいえ、原告らが主張する個々の「漁業者の権利としての漁獲枠の割り当て」というものは、どれくらい確保されねばならないものなのか、すなわち国や道がどこまで保障すべきなのかについては、判断基準がわからないとも思います。
結び
国民には自由意思に基づき幸福追求する権利があります。法律というのはそうした国民に、義務や制約を課すものであり、制定は慎重であらねばなりません。そうした義務や制約(ルール)は、「課されねばならないものなのか」、「そのルールを守らせるのはだれか?」、「ルールを守らない人がいることにより共同利益を侵害された場合の補償はだれがするのか?」ということまで考えると、多くの不備が指摘できます。
とりわけ、「ルールを守らせる」そして「ルールを守らなかった人から守った人への損害が発生した場合の填補補償をする」という場面では、かなり脆弱な仕組みだと思います。海、河川、湖等には、所有境界区分がありません。大きな水がめの中に共同資源の「魚」が飼われていると考えれば、皆で管理せねばと思いますが、水がめが大きいので、安易に「皆でモニタリング(監視)しあいましょう」ということもいいづらいです。
自然へのアクセスは、自然資源(ここでは漁業資源)が良い形(持続可能な形)で存在してこそのアクセスです。”じゃあどうすればいいの?”という疑問に対して真摯に考えていきたいと思います。
(参考)
榧場勇太、芳垣文子「アイヌ団体、サケの漁業権求めて提訴 先住権の確認は初」
朝日新聞デジタル 2020年8月17日 22時05分
水産庁「TAC(漁獲可能量)を知る!! 未来の漁業のために 大切な資源、私たちの未来まで…。」https://www.jfa.maff.go.jp/j/suisin/s_tac/attach/pdf/index-111.pdf
飯尾さとる「TAC(漁獲可能量制度)が漁民を殺す・・・」2020年12月04日 https://sfishlv.exblog.jp/30336972/
以上