「ビジネスに関わる行政法的事案」第25回:困ったお客様対策について

第25回:困ったお客様対策について     神山 智美(富山大学)

 

はじめに

恫喝クレーマー対策等に関する記事はたくさんあります。「土下座しろ」と強要したり、「SNSで拡散するぞ」と脅迫する事例が散見されるようです。日本は、消費者意識が高く(消費者の権利意識が高い)、それはサービス業に従事する人のお客様への気配りという意識の高さに裏付けされたものだという言説もあります。「ひとたびお仕事であれば、“これだけ”のサービスを強いられるので、わたしがお客になったら“それだけ”のサービスをしてもらうのは当然」という発想によるものなのだそうです。

わたしは研究者教員ですが、学生からのクレームにも消費者意識、すなわち「お金を払っているのに」という意識が高いということを感じます。単位取得に関しては、「お金払っているので単位下さい」と直接言われることはさすがにありませんが、特に、事務的な内容、例として学生証の再発行や書籍貸借サービス等の場面で、考えさせられます。ある意味では、社会と「消費者」としてのみ関わっているので、そう捉えてしまうのだろうか、または、「高い学費払っているのだから」と日々言われている、または、思っている、ということも理由としてあるのかとも考えます。

 

事例1:市民の行政に対する権利行使であっても度が過ぎると違法になる

私が講義で扱っている素材の一つに、面談強要行為等差止等請求事件(大阪地判平成28年6月15日判時2324号84頁)があります。

これは、被告である私人Yが原告(大阪市X)に対して情報公開請求を多数回にわたって濫用的な態様で行うなどして、Xの平穏に業務を遂行する権利を侵害しており、今後も同様の権利侵害行為が繰り返されるおそれがあるとして、Xが、Yに対し、面談強要行為等の差止めを求めた事案です。

問われるのは、Yの本件各行為は、そのほとんどが情報公開請求や、その権利行使に付随して行われているものであるということです。つまり、国民または住民としての権利行使であって、その行為そのものは違法ではありません。とはいえ、その頻度や態様等に照らすと、正当な権利行使として認められる限度を超えるものであって、Xの資産の本来予定された利用を著しく害し、かつ、その業務に従事する者に受忍限度を超える困惑・不快を与え、その業務に及ぼす支障の程度が著しいものであって、今後も、このような行為が繰り返される蓋然性が高いとし、裁判所は、請求額を減額したうえでXの請求を一部認容しています。

この判決は、公務員に対して「公僕だから」「税金で飯食ってる」等として権利を濫用的に行使する行為に、一定の抑止効果をもたらすと言えるでしょう。ただし、本件各行為は、以下の図表1のように「すさまじい」ものですので、どこまで公が我慢すべきか、どこからが権利の濫用的行使なのかという部分は、より深く検討されていく必要があります。

 

 

事例2:公務員の非行の一事例― ①公務員がコンビニ店舗職員にセクハラ!

二つめの事例は、公務員がコンビニ店舗職員にセクハラをして、処分された事案(最三小判平成30年11月6日判時2413・2414号合併号22頁)です。

まずはその事案と、職員がその処分に対して「重すぎる」として訴えた事案を確認しましょう。

兵庫県加古川市の職員Xは、56歳の男性で、市の環境部環境第1課業務係において勤務していました。就業場所は加古川市環境美化センターで、おもな業務内容は、塵芥収集車で市内のごみ集積場から一般廃棄物を収集し、加古川市新クリーンセンターまで運搬するというものでした。

加古川市環境美化センターと加古川市新クリーンセンターの間のほぼ中間地点に、コンビニエンスストアであるセブンイレブン(以下「本件店舗」という)が開店しました。Xは職務上、その辺りを自動車で通ることが多く、勤務時間中に市章のついた制服(作業着)を着用したまま本件店舗を頻繁に利用していました。

Xが、このコンビニエンスストアで、従業員にとっていた態度は、以下の図表2ようなものです。

 

 

事例2:公務員の非行の一事例― ②コンビニから市への通報

このコンビニエンスストアのオーナーは、上記のような不快な言動について従業員から頻繁に報告を受けていて、Xが市の職員であることも認識していましたが、商売に差しさわりがないよう、問題にすることは控えていました。

しかしながら、図表2右側の平成26年9月30日の案件があり、オーナーは、市に通報することにしました。というのも、女性従業員Vは原告が退店した後、隣のレジカウンターで接客をしていた従業員に対し、Xの股間に手を触れさせられたことを伝えたからです。

従業員らからこの出来事を聞いたオーナーは、その内容があまりにひどいと思い、これまでは黙認してきたが今回は許せないと考えたことから、市政に関する質問等を受け付けるために市が設けている「スマイルメール」というシステムを利用して、環境第1課にあてて差出人名は伏せたまま「セクハラの苦情です。」というタイトルのメールを送信しました。その内容は図表3のとおりです。

 

事例2:公務員の非行の一事例― ③Xへの処分

コンビニから市への通報10月7日の、環境部によるオーナーへのヒアリングでは、オーナーは、「Xに対して直接どうこうしてほしいとは思っていないが、このような迷惑行為を控えてほしい」と述べ、従業員に負担がかかることは避けたいので本件店舗から被告に通報したことは知られたくないとも述べました。

しかし、事態は大きくなっていきます。

11月5日、新聞の記者がコンビニエンスストアのオーナーを訪れ、9月30日の本件店舗でのXの行為について取材をしました。その翌日、環境部参事と環境第1課副課長がオーナーを訪ね、研修等を実施して再発防止策をとったと報告しました。オーナーは前日に新聞記者から取材を受けたと告げる一方、Xに対する処分は望んでいないと再度述べました。

新聞朝刊に、市の職員(氏名は伏せてある)が勤務中にコンビニエンスストアでセクハラ行為をしたが、市では店側の意向を理由に職員の処分を見送っているという内容の記事が掲載されました。

市は記者会見を開き、総務部長、環境部長ら幹部職員が説明と謝罪を行い、処分を求めないという店側の意向を受けて処分を見送っており、職員本人からの事情聴取もせず注意もしていないことを明らかにする一方、今後事情聴取をして処分を検討するとの方針を表明した。処分行政庁(市長)は、「あってはならないことで、事実関係を確認し、厳正に対処する」とのコメントを発表した。環境部参事、総務部参事、危機管理担当課長は本件店舗のオーナーを訪ね、新聞報道されたので再発防止策を実施するだけではすまされない状況になった、X本人からの事情聴取などの手順を踏んで処分する方針となると伝えました(図表4参照)。

その後、各種新聞の朝刊に上記の記者会見に関する記事がいっせいに掲載されました。市民から市へ苦情もよせられ、その内容は、主にXの行為に対する非難で、懲戒処分や刑事告発を要求するものや、市が処分をしていないことに対する憤りや非難、苦情を述べるものも多くありました。

 

平成26年11月26日付けでXに対し、処分が下されました。地方公務員法29条1項1号,3号に基づき同日から6か月の停職を命じる懲戒処分(以下「本件処分」という)がその内容でした(図表5)。

〔地方公務員法〕

(懲戒)

第29条 職員が次の各号の一に該当する場合においては、これに対し懲戒処分として戒告、減給、停職又は免職の処分をすることができる。

一 この法律若しくは第57条に規定する特例を定めた法律又はこれに基く条例、地方公共団体の規則若しくは地方公共団体の機関の定める規程に違反した場合

二 職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合

三 全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合

 

事例2:公務員の非行の一事例― ④Xは処分を重すぎるとして市を被告として提訴

第一審(神戸地判平成28年11月24日判自444号55頁)と控訴審(大阪高判平成29年 4月26日判自444号61頁)は、Xの主張を認めています。

その理由は、「厳罰に処すことにより、懲戒処分をしないとしていた当初の方針が誤りであったとしてマスコミや市民から市に向けられる非難を少しでも和らげようという意識が存在したのではないかと疑われること」、「Xが、以前から顔見知りであるVに対して、これまでのように飲み物を買い与える過程でした行為であり、Vは、Xに左手首を引き寄せられ、その指先を股間に触れさせられる前までは、手や腕を絡められるなどの身体的接触につき、女性は始終笑顔で行動しており渋々ながらも同意していたと認められること」、被害を受けた「Vは、新聞報道がされて事案の概要が公になった後も、職員の告発や処罰は望んでおらず、この点は本件店舗のオーナーも同様であったこと」等です(図表6)。

 

 

しかし、最高裁は、「本件処分は重きに失するものとして社会観念上著しく妥当を欠くものであるとまではいえない」と判断して、市長の判断が裁量権の範囲を逸脱しまたはこれを濫用したものとはいえないとしています。

マスコミや市民に非難されたため、Xの言うように厳しめの処分をしたのか、それとも「事なかれ主義」ではいけないと気付いて本来すべき処分を下したのか、皆さんはどう思われますか。

 

事例2:公務員の非行の一事例― ⑤Xは公務員だから処分されたが…

ここで検討したいのは、コンビニエンスストアのオーナーは、迷惑なお客さんにどのように対処できるのかということです。被害女性店員Vは、「始終笑顔で行動」しており、この行為が「渋々ながらも同意していたと認められる」と第一審および控訴審で判断されているように、お客さんに対して「嫌な顔」ができないのです。

加えて、Vもオーナーも、アルバイトや商売をこの地で継続することを考えるならば、出来るだけ穏便な決着を望んでしまいます。つまり、職員の告発や処罰は望んでいないわけです。また、事を荒立ててもそれを是認する風潮があれば(つまり、「お客を告発するような店だ」として敬遠されることがなければ)遠慮なく処罰を望めるでしょう。そもそもお客さんが、告発されるようなことをしなければよいだけのことです。

こうした事情を勘案するならば、市は、「事なかれ主義」ではいけないとして速やかに本来すべき処分を下すべきだったといえるでしょう。

他方、私が気になっているのは、もしも「Xが公務員ではなかったらどうだろう」ということです。「Xの勤め先(民間企業名)がわかっている」のであれば、その勤務先に苦情を言うことも可能かもしれません。勤務先の上司が、そうした非行を許さない、または許すと会社の評判を落としかねないと判断するような場合には、勤務先に苦情を言うことも十分に有効でしょう。しかし、Xが、自営業者であったり、勤務先がわからなかったり、または勤務先は評判を気にしないような会社であったりという場合には、コンビニエンスストアの従業員もオーナーも泣き寝入りになるのでしょうか。

パワハラやセクハラ等への規制も強化されてきていますが、それは同じ職場での雇用関係にある場合等が前提です(上司、部下および同僚、または、雇用関係等)。ですので、お客さんからうけるハラスメント被害には適用がなされません。ただし、雇用主は、職場の安全性等を確保する必要があります。こうした視点で毅然とした対処を望んでみましょう。

 

以上