「ビジネスに関わる行政法的事案」第28回:行政の情報提供活動のありかたについて(2)
第28回:行政の情報提供活動のありかたについて(2) 神山 智美(富山大学)
はじめに
令和2年4月7日、改正新型インフルエンザ対策特別措置法32条1項に基づく「緊急事態宣言」が発令されました(~5月6日予定)。条文のなかでは、「新型インフルエンザ等」とされていますが、これは「国民の生命及び健康に著しく重大な被害を与えるおそれがあるものとして政令で定める要件に該当するものに限る。」と説明してあります。
このような新コロ禍のなかでも、国会は開会されていて法案も通過しているし、裁判所は判決を出しているのですが、おおよそニュースのほとんどは新型コロナ関連のものばかりです。「3つの密を避けましょう」「ウイルスは世界を変える」「『新コロ禍』ってなんて読むの?」などという見出しも目を引きます。ですので、今回もこうした緊急事態下における、広い意味での「情報提供活動」についてです。
〔改正新型インフルエンザ対策特別措置法〕
第32条政府対策本部長は、新型インフルエンザ等(略)が国内で発生し、その全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼし、又はそのおそれがあるものとして政令で定める要件に該当する事態(略)が発生したと認めるときは、新型インフルエンザ等緊急事態が発生した旨及び次に掲げる事項の公示(略)をし、並びにその旨及び当該事項を国会に報告するものとする。
一新型インフルエンザ等緊急事態措置を実施すべき期間
二新型インフルエンザ等緊急事態措置(略)を実施すべき区域
三新型インフルエンザ等緊急事態の概要
(1)パチンコ店名の公表
1つ目は、昨今(原稿執筆時:2020年4月29日)問題となっている、休業要請に応じないパチンコ店名公表の件です。
大阪府は(4月)24日、改正新型インフルエンザ対策特別措置法に基づき、休業要請に応じないパチンコ店6店の店舗名を公表しました。そのうち3店舗は、その後、休業の要請に応じています。続いて、大阪府は同月27日、府の休業要請に応じていないパチンコ店3店の名称を公表しました。これで、府が店舗名を公表したパチンコ店は計9店となっています。(日本経済新聞)
当初公表した6件のうち3件が休業要請に応じてくれたのですから、この「(制裁的)公表」も一定の効果があるということですね。
なぜパチンコ店名の公表ができたか?
パチンコ店は、通常の営業をしていたのみです。決して、食中毒を出した飲食店というわけではありません。それなのになぜ、公表という手段をとり得たのでしょうか?
まず、大阪府は、改正新型インフルエンザ対策特別措置法24条9項の都道府県対策本部長の権限に基づき、休業に協力するように要請してきました。同法は、これに応じない場合には、45条2項に基づき行政指導としての要請を行うことができると規定します。そこで行政指導を行ってきて、あわせて同条4項で施設名を公表するものです。
〔改正新型インフルエンザ対策特別措置法〕
第24条
9 都道府県対策本部長は、当該都道府県の区域に係る新型インフルエンザ等対策を的確かつ迅速に実施するため必要があると認めるときは、公私の団体又は個人に対し、その区域に係る新型インフルエンザ等対策の実施に関し必要な協力の要請をすることができる。
第45条
2 特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等緊急事態において、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため必要があると認めるときは、新型インフルエンザ等の潜伏期間及び治癒までの期間を考慮して当該特定都道府県知事が定める期間において、学校、社会福祉施設(略)、興行場(略)その他の政令で定める多数の者が利用する施設を管理する者又は当該施設を使用して催物を開催する者(施設管理者等)に対し、当該施設の使用の制限若しくは停止又は催物の開催の制限若しくは停止その他政令で定める措置を講ずるよう要請することができる。
4 特定都道府県知事は、第2項の規定による要請又は前項の規定による指示をしたときは、遅滞なく、その旨を公表しなければならない。
それでも休業しないパチンコ店があれば、次の手段は?
名前を公表されるということは、「さらし者」「制裁的公表」と捉えることができます。まさか、「どこも休業しているけど、ここへいけばパチンコできる」「お店の宣伝効果がある」なんて考えられた方もいらっしゃるのではないでしょうか。そうはならないように願います。また、大阪府は、順次調査をして順次公表しているようです。とすると、先に調査対象となってしまって公表されたところと、調査自体を後回しにされたところがあります。後者の方が断然有利です。このように営業店への対応には時間差が出ますので、不公平感は否めません。しかし、一斉に調査するほど調査の人員が潤沢にあるわけでもなく、時差が出ることはやむを得ないと考えるべきでしょう。
こうしてお店の名前を公表しても、それでも営業を継続するお店には、都道府県知事はどのような対応をとることができるのでしょうか。改正新型インフルエンザ対策特別措置法45条3項は、都道府県知事に行政処分としての「指示」を出すことができるとしています。
気になる点の一つに、「正当な理由がないのに」としている点です。正当な理由って何でしょうか?「こんな時節に営業したくないけど、従業員の給与が払えない。」「このままだと倒産してしまい、一家心中するしかなくなる。」というのも十分に正当な理由のように思えます。指示を出す段階に至るのでしょうか?今後をウオッチしたいと思います。
〔改正新型インフルエンザ対策特別措置法〕
第45条
3 施設管理者等が「正当な理由がないのに」前項の規定による要請に応じないときは、特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため特に必要があると認めるときに限り、当該施設管理者等に対し、当該要請に係る措置を講ずべきことを指示することができる(「」は筆者による)。
(2)公園を使わないで、山に来ないで、海に来ないで、島に来ないで!キャンペーン
明日から2020年度のG.W.(ゴールデンウィーク)です。今年のゴールデンウィークは、例年とは少し異なる趣です。というのも、どこの行楽地も、遊興施設も、「3密」を避けて新コロの感染リスクを抑制したいからです。
島に来ないで!とお願い
G.W.に観光地としてにぎわう島は、その自治体の長らがこぞって「島に来ないで」「どうか今の沖縄への旅はキャンセルして」等と呼びかけました。また、沖縄の西表島等は、希少な野生生物の宝庫ですので、こうした野生動物への新コロナウイルスの感染が懸念されています(新コロナウイルスは、香港でペットの犬に、ニューヨークで動物園の飼育員からトラへの感染が、それぞれ確認されています。)。
海に来ないで!とお願い
サーフスポットとして知られる千葉県外房地域には、政府の緊急事態宣言の発令後も県外からの大勢のサーフィン客が訪れています。各自治体では、来場者抑制のために海沿いの駐車場を閉鎖もなされてきていますがが、路上駐車が絶えないようです。そこで、森田健作知事が4月20日に、来県自粛を呼びかけました。各市町も同様の呼びかけを行っています。確かに、「海には新コロナウイルスはいない」のですが、自治体は、「サーフィン自体の感染リスクが低くても、大勢が訪れると陸上での接触が増える」と判断していますし、高齢化した地域は、(例として、一宮町の馬淵昌也町長は、)「感染が広がれば、高齢者が多い地域は崩壊しかねない。感染が終息した時、従来にも増す熱意を持ってお迎えしたい」と呼び掛けています(東京新聞2020年4月21日 朝刊)。
潮干狩りもゴールデンウィークの風物詩と言えます。福岡県行橋市では、漁協が有料潮干狩りを中止したのですが、無断で貝採りに来る人が増えて、漁協は対応に追われています(西日本新聞北九州版4月23日版)
山に来ないで!とお願い
世界遺産・高野山で著名な和歌山県高野町長の平野嘉也町長も、町への来訪をご遠慮願うお一人です。4月20日、この平野町長は、自身のフェイスブックで町への観光を見直し・延期するよう異例の訴えをしました。その内容は、「感染症患者が発生した場合、山間部という環境の中において医療体制も限られており、町民の安心安全を脅かすことにつながりかねません」というものです。もちろん、「気兼ねなく高野町への観光等ができるようになりましたら、町民挙げて笑顔で大歓迎して皆様をお迎えしたい」と町長は投稿を結んでいます(毎日新聞2020年4月25日 08時00分(最終更新 4月25日 08時00分))。
公園に来ないで!とお願い
各自治体が管理する公園については、公園の利用について自粛が要望されています。例として、東京都狛江市のウェブサイトでは、各公園の紹介が充実しているのですが、その紹介サイトの冒頭に、「【緊急事態宣言・外出自粛の要請が出ております。不要不急の外出はお控えください。】(各お出かけ記事は2020年3月以前に執筆されたものです。)」と掲げられています。
来県者に検温しようとしたら脅迫?!(岡山県の事例)
その他にも、岡山県は、新型コロナウイルス対策として、来県者に検温する試みを公表していましたが、中止されました。その理由は、職員に対して「危害を加える」といった脅迫電話が相次いだためです(JIJI.com 2020年04月28日10時30分)。岡山県知事は、報道番組(4月29日フジテレビ「とくダネ」)で、「来て検温を受けている段階で既にアウト。こちら側が危機感を持っているということ、嫌がっていることを伝えたい意図で実施する。」つもりだったと表明していました。
他方、山形県では、県境で検温をじっししています。山形県によると、検温は山形自動車道下りの山形蔵王PA(山形市)と山形、庄内両空港の計3カ所で実施してきたようです。さらに、県は大型連休を含む4月25日~5月10日には、JR山形、米沢両駅を含む7カ所で検温を本格実施するとしています(河北新聞オンラインニュース2020年04月22日)。
以上のように、今年のゴールデンウィークは、「今は来ないで!」「Stay Home週間」一色になっているようです。こういう時期ですので是非そうしたいものです。
「自粛警察」って?
「自粛警察」という表現を知りました。自粛をしていないとみなす事業者や店舗を、インターネット上で攻撃したり、そうした事業者や店舗に嫌がらせをしたりという行動をとる人たちのことのようです。自主的な試みでありがたいと思えるところもあるのですが、中には行き過ぎた行動もあるようで、議論になっています。
「他人の迷惑にはならないようにする」というのが基本的マナー・モラル・お作法だと思われてきましたが、それを「マナー・モラル・お作法」の段階からより強めて実施しなくてはならないときに、お互いに監視しあう、注意しあうということに私たちは慣れていません。「一人一人の自覚が大事」なのですが、それだけでは解決できないときにどうすべきなのか、「法的な執行力を伴う措置を構築する」のか、それとも「あくまで個人の自主性に任せるのか」ということも議論されていくことになるでしょう。
加えて、今回の行政の情報提供活動は、通常(平時)は、観光客誘致・健康増進・産業活性化等のために、「お越しください!」とお声がけするべきものです。それが、緊急事態ということで、「来ないでください!」という訴えをすることになっています。担当部署の方々も、普段とは逆のベクトルでのお仕事を強いられているため、かなり戸惑われていることでしょう。行政組織においては、ひとたび事態が変われば、「公園の管理・監督」も公園の利用促進ではなく、使用規制のことを指すこともありうるわけです。行政組織における「管理・監督」というものの性質をしっかりと考える良い機会いはなるでしょう。
以上