「ビジネスに関わる行政法的事案」第43回 公共運賃の値上げの「認可」

43回 公共運賃の値上げの「認可」             神山 智美(富山大学)

 

はじめに 

久しぶりに高速バス予約をしてみると、COVID-19のために減らされていた本数が少し回復するとともに(増便とともに)、料金が値上げになっていました。うれしくもあり悲しくもありという心境です。

公共料金等には、「認可」が必要となります。これは、私人相互の間の法律行為の効果を完成させるために行われるもので、相手方に直接権利を賦与するものではありませんが、形成的行為の一種として取り扱われています(塩野宏『行政法Ⅰ行政法総論(第6版)』130頁(2015年、有斐閣)。

そのため、もしも公共料金の値上げに反対する人がいるとすれば、当該公共事業主体への異議申し立てに加えて、行政の「認可」に対しても何らかの抗告訴訟(行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟をいう)を提起できる可能性が考えられます。

ここでは、公共運賃の値上げについて考えてみましょう。

 

1.行政処分性の有無

わたくしは、抗告訴訟を提起できる可能性と書きました。抗告訴訟の対象とするには、この「認可」に行政処分性が確認されねばなりません。まずは、行政処分性について考えてみましょう。

高速自動車国道料金値上げ認可処分取消請求事件(東京地判平成2年10月5日判時1370号45頁)を見てみましょう。本件は、東名高速道路及び名神高速道路を利用している東名高速道路および名神高速道路の沿線に本社を置く運送業者が、高速料金の値上げを「認可」した行政行為に対して取消を請求した訴訟です(図表1)。

 

 

道路整備特別措置法(当時)をみると、次の記述があります。

建設大臣は、公団をして右の高速自動車国道の新設又は改築を行わせ、料金の徴収を行わせることができ(道路整備特別措置法2条の2)、右新設又は改築に係る道路について料金を徴収し、又はこれを変更しようとするときにも、料金及びその徴収期間について、建設大臣及び運輸大臣の認可を受けなければならない(2条の4)ものとされています。本件各認可は、右の規定に基づいて行われたものです。

この件に関し、裁判所は、道路整備特別措置法2条の4に基づく建設大臣および運輸大臣の認可は、行政上の決定に至る行政過程内における行政機関相互間の内部的な行為と同視すべきものであって、それ自体として外部に対する効力を有するものではなく、また、それによって直接国民の権利義務を形成し、若しくはその範囲を確定する効果を伴うものではないから、抗告訴訟の対象となる行政庁の処分には当たらないと判断しました。つまり「処分性」はないと判断され、本件は却下されています。

当時は日本道路公団が公共事業者でしたが、「内部的な行為」と同視すべきものとの評価には、納得できますが、国民の権利義務の形成およびその範囲確定にはいくばくかの影響があるようにも思えます。

 

〔道路整備特別措置法〕(当時)

第2条の2 建設大臣は、高速自動車国道法(昭和三十二年法律第七十九号)第六条の規定にかかわらず、公団をして同法第五条に規定する整備計画に基く高速自動車国道の新設又は改築を行わせ、料金を徴収させることができる。

第2条の4 公団は、第二条の二の規定に基き新設し、又は改築した高速自動車国道について料金を徴収しようとするときは、運輸省令・建設省令で定めるところにより、料金及び料金の徴収期間について、あらかじめ、運輸大臣及び建設大臣の認可を受けなければならない。これを変更しようとするときも、同様とする。

 

2.(第三者の)原告適格―原告適格を認めず

では次に、こうした公共料金の名宛人は公共事業者ですが、こうした認可の取消等を訴えることのできる者にはどういう人が該当するのでしょうか。つまり、「原告適格」の問題です。

一つ目は、一般乗合旅客自動車(乗合バス)について、行政処分無効確認請求事件(広島地判昭和48年1月17日判時692号30頁)を見てみましょう(図表2)。

 

本件の原告は、帝産広島バス株式会社草津線沿線の広島市内に居住し、庚午中町内会および広島地区公共料金対策協議会の会長を勤め、日常右草津線バスを利用している者です。

裁判所は、行政処分の無効等確認の訴は、当該処分の無効等の確認を求めるにつき「法律上の利益を有する者」に限って提起することができるものとされている((当時)行政事件訴訟法第36条)としました。そのうえで、原告の居住する区域の町界に入ると従来の30円の運賃が50円となり、約70パーセント値上げされたことに関して、「運賃の変更はその旅客自動車を日常的に利用する度合の高い運送路線住民にとつて経済的負担を増すこと大であり、右運送事業の地域独占性が強い場合には、沿線住民は好むと好まざるとに拘らず、事実上日常的に右負担を余儀なくされる立場に追い込まれる。」そのため、「近隣利用者に認可の瑕疵を問い得る道が確保されるべきであり、一般市民のうける抽象的利益と区別しうる具体的な法律上の利益と見ることも可能である」と判断しています。

つまり、日常当該乗合バスを利用している者は、法律上の利益を有する者であるとして、原告適格を認めました。

 

二つ目は、電車です。近鉄特急料金認可処分取消等請求事件(最一小判判時1313号121頁)を見てみましょう(図表3)。

 

第一審判決(大阪地判昭和57年2月19日判時1035号29頁)は、私鉄沿線に居住し、これを日常利用している者は、陸運局長がした右私鉄の特急料金変更の認可処分の取消しを求める法律上の利益を有するとして、原告適格を認めました

しかし、第二審(大阪高判昭和59年10月30日判時1145号33頁)は、私鉄の利用者は認可処分について権利ないし法的に保護された利益を有しないとして、棄却しました。最高最判決もそれを是認しました。

 

運賃値上認可取消請求控訴事件(東京高判平成12年10月11日LEX/DB文献番号25410138)においては、第一審(東京地判平成11年9月13日判時1721号53頁)および第二審ともに、私鉄を利用して通勤通学をしている者に原告適格は認められませんでした(図表4)。

 

3.(第三者の)原告適格―行政事件訴訟法改正の影響を受けて

平成16(2004)年に、行政事件訴訟法が改正されました。この改正により、原告適格の範囲が拡大されています。9条が原告適格の規定になり、9条2項が改正時に新設されました

 

〔行政事件訴訟法〕

第9条 処分の取消しの訴え及び裁決の取消しの訴え(以下「取消訴訟」という。)は、当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者(処分又は裁決の効果が期間の経過その他の理由によりなくなつた後においてもなお処分又は裁決の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有する者を含む。)に限り、提起することができる。

2 裁判所は、処分又は裁決の相手方以外の者について前項に規定する法律上の利益の有無を判断するに当たつては、当該処分又は裁決の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく、当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮するものとする。この場合において、当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たつては、当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌するものとし、当該利益の内容及び性質を考慮するに当たつては、当該処分又は裁決がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案するものとする。

 

同法改正後の原告適格の変化を見てみましょう。

 

北総線第一次訴訟は、第一審(東京地判平成25年3月26日判時2209号79頁)および第二審判決も、居住地から職場や学校等への日々の通勤や通学等の手段として反復継続して日常的に北総鉄道を利用している者らである原告らの原告適格を認めています(図表5)。なお、本件は、原告側が最高裁に上告しましたが、上告事由に該当するものはないとして上告は棄却されています。

この北総線(ほくそうせん)は、東京都葛飾区の京成高砂駅と千葉県印西市の印旛日本医大駅を結ぶ、北総鉄道が運営する鉄道路線です。

北総線第二次訴訟は、消費税率が5%から8%に引き上げられたこと(平成26年消費税率引上げ)に伴い、北総鉄道においては北総線についての旅客運賃の上限変更の認可をそれぞれ申請しました。本件申請等に対し、国土交通大臣は、鉄道事業法16条1項に基づき、平成26年3月4日付けで、旅客運賃の上限変更認可処分をしました。
 本件は、本件処分等の当時、北総線および成田空港線の沿線住民であった原告らが、本件申請等に係る旅客運賃の上限が「能率的な経営の下における適正な原価に適正な利潤を加えたものを超えないもの」(鉄道事業法16条2項)になっておらず、同項に違反する違法があるなどと主張して、本件処分の取消しを求めました(図表7)。

本件においては、原告らには、原告適格は認められていません。その理由について、裁判所は規範定立および丁寧なあてはめを行い、次のように説明しています。

原告Aは、本件各処分がされた当時から平成30年3月までは、北総線に係る通学定期券を購入し、大学への通学のために北総線を日常的に利用していたことが認められることから法律上の利益を有する者であるとも考えられます。しかし、原告Aは、平成30年3月に大学を卒業し、その後東京都内の会社に就職し、平日は東京都新宿区内にある会社の寮に居住しているということですので、通勤や通学のために定期券を購入している者には当たりません。また、週末等に実家や自身が講師を務める本件塾に訪れるため北総線又は成田空港線を利用することがあるものの、その頻度は1か月に4~8回程度にすぎないというのですから、日常的に北総線又は成田空港線を利用しているものと認めることもできない。したがって、原告Aについて本件各処分の取消しを求める法律上の利益は同年4月以降消滅したというべきであるから、原告Aは、本件訴えについて原告適格を有しないと解すべきとされています。

次に、原告Bについては、書店を訪ねたり、本件塾のチラシのポスティングをしたりするなどの個別の目的のために北総線又は成田空港線を利用しているにとどまっています。通勤や通学のために定期券を購入している者には当たりませんし、しかも、その利用頻度は、原告Aの上記利用頻度(1か月に多くて8回程度)よりも多いとはいえないというのですので、日常的に北総線又は成田空港線を利用しているものと認めることもできません。したがって、原告Bは、本件各処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有すると解することはできず、本件訴えについて原告適格を有しないというべきである。
なお、原告Bは、本件各処分の当時は息子である原告A及びEの通学定期券代の一部を負担し、本件口頭弁論終結時においては、Fの通学定期券代を負担しているから本件各処分の取消しを求める法律上の利益を有するとも主張するが、いずれも北総線に係る通学定期券を利用して通学するのは上記息子らであり、原告B自身が生活上の利益に係る著しい被害を直接的に受けるおそれがある者に当たると認めることはできない。したがって、原告Bの上記主張は採用することができない。

 

結び

行政事件訴訟法改正後は、法律上の利益を有する者としての原告適格は、日常的に継続、反復的に利用している者に認められるということですね。ですので、それに該当するかどうかの丁寧なあてはめがなされているという印象を受けます。

この基準は納得できるようでいて、視点を変えると納得できない点もあります。というのも、「はじめに」で記したように、私の高速バス利用や新幹線利用は、こうした「日常的に継続、反復性」というものからは幾分遠いところになるものだからです。もちろん、新幹線通勤されている方もいらっしゃいますが、多くはないでしょう。となると、非日常的な乗り物の運賃に対しては、市民・住民は法律上の利益を有する者としての原告適格を有しないと考えざるを得ないのでしょうか。

 

(参考)

細川 幸一「運賃高すぎ北総線裁判、驚きの『住民敗訴』判決 4年半審議の結論は『原告に訴える資格なし』」東洋経済オンライン2019/04/02 5:10
https://toyokeizai.net/articles/amp/273963?display=b&amp_event=read-body

以上