「ビジネスに関わる行政法的事案」第44回 2020(令和2)年公職選挙法改正

44回 2020(令和2)年公職選挙法改正             神山 智美(富山大学)

 

はじめに 

皆さん、「スーパークレイジー君」を覚えていますか?情報量が多すぎて、「いつ頃の話?なんだっけ?」と思われる方も少なくないのではないでしょうか。

図表1をご覧になると、思い出される人もいらっしゃると思います。私は、東京都知事選で「多様な候補者がいるなあ」と感じました。既存政党からの候補者は、政策を丁寧にラインナップされていますが、そうではなく「こうした社会にしたい!」という主張を掲げて立候補される方もいらっしゃいます。スーパークレイジー君(西本誠さん:元歌手等)は、数少ない政策を掲げ、若者の政治参加を求めており、後者のほうですね。

 

このスーパークレイジー君こと西本誠さんは、2020年(令和2年)に東京都知事選に立候補して落選しています。その後、2021(令和3)年に埼玉県戸田市の市議会議員選に立候補して当選しました。都知事選では「スーパークレイジー君」という通称での立候補は認められませんでしたので、政治団体「スーパークレイジー君」の当初として立候補していますが、戸田市議会議員選では、この通称で立候補が認められています。

西本さんは、当選者26人のうち25番目の912票を獲得しました。トレードマークの特攻服姿で街頭演説に臨むなどの独自の選挙戦で注目を集めた結果です。その後、住民からの異議の申出(公職選挙法206条:行政不服審査法の準用)により、この西本さんの立候補要件である当該自治体における「3か月居住」の有無が問題とされました。

 

【民法】

第22条 各人の生活の本拠をその者の住所とする。

 

【公職選挙法】

第9条

2 日本国民たる年齢満18年以上の者で引き続き3箇月以上市町村の区域内に住所を有する者は、その属する地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有する。

3 日本国民たる年齢満18年以上の者でその属する市町村を包括する都道府県の区域内の一の市町村の区域内に引き続き3箇月以上住所を有していたことがあり、かつ、その後も引き続き当該都道府県の区域内に住所を有するものは、前項に規定する住所に関する要件にかかわらず、当該都道府県の議会の議員及び長の選挙権を有する。

 

第10条 日本国民は、左の各号の区分に従い、それぞれ当該議員又は長の被選挙権を有する。

三 都道府県の議会の議員についてはその選挙権を有する者で年齢満25年以上のもの

五 市町村の議会の議員についてはその選挙権を有する者で年齢満25年以上のもの

 

本件に関しては

NHKの報道(「スーパークレイジー君議員“当選無効不当” 訴え退け 東京高裁」2021年10月15日 19時37分)によれば、東京高等裁判所は、「日常的に居住していた事実はなく、被選挙権はなかった」として、訴えを退けました。東京高等裁判所の渡部勇次裁判長は、「戸田市内の共同住宅の部屋を友人に借りて生活の拠点にしていたというが部屋に電子レンジがあったかどうか覚えていないなど、日常的に生活していた事実はないと考えられる」と指摘しました。

朝日新聞デジタル(「スーパークレイジー君の当選無効認める 高裁『住んでいた事実ない』」村上友里 堤恭太2021年10月15日 21時32分)も、高裁が、「市内の特定の銀行のATMを何回か使った」という議員の説明が事実と反したことや、移動手段だったという自動車の駐車場の領収書が1枚も提出されなかった点を指摘したことを報じました。

なお、住所の届け出は、転居する本人が新住所地の役所に届け出ることになっています。そして、虚偽の届け出をしたり(52条1項)、理由なく届出を怠ったりすると(52条2項)、5万円以下の過料に処せられます。

 

【住民基本台帳法】

第22条 転入(略)をした者は、転入をした日から14日以内に、次に掲げる事項(略)を市町村長に届け出なければならない。

一 氏名

二 住所

三 転入をした年月日

四 従前の住所

五 世帯主についてはその旨、世帯主でない者については世帯主の氏名及び世帯主との続柄

六 転入前の住民票コード(略)

七 国外から転入をした者その他政令で定める者については、前各号に掲げる事項のほか政令で定める事項

2 前項の規定による届出をする者(略)は、住所の異動に関する文書で政令で定めるものを添えて、同項の届出をしなければならない。

 

第52条 第22条から第24条まで、第25条又は第30条の46から第30条の48までの規定による届出に関し虚偽の届出(第28条から第30条までの規定による付記を含む。)をした者は、他の法令の規定により刑を科すべき場合を除き、5万円以下の過料に処する。

2 正当な理由がなくて第22条から第24条まで、第25五条又は第30条の46から第30条の48までの規定による届出をしない者は、5万円以下の過料に処する。

 

当選後に無効になると…

こうして当選後に無効となると、この候補者に投票した人たちが票に込めた意思が、選挙に正確に反映されないことになってしまい残念です。だから、事前に審査できるとよいのでしょうが、住所という「生活の」をどこに置いているのか、主観的に客観的にそれはどのように判断されるのかという問題は、実は簡単ではありません。

他方、簡単には判断できない問題とは別に、「住所要件を満たさない者が当選を得られないことを承知で立候補するという法律の想定するところではないイレギュラーな事案」もでてきました。こうしたイレギュラーな事案が生じないよう、予め対象したいところではあります。

しかし、公職選挙法は、3か月居住要件を満たさない者が当選を得られないことを承知で立候補する行為を抑止する機能を備えてはいませんでした。つまり、選挙管理委員会は、立候補者が3か月要件を備えていないかもしれないと思っても、指導はできますが、立候補を制止することはできませんでした。また、過去の裁判例により、他者に「3か月要件を満たしていないので立候補の要件を満たしておらず、当選を得られない可能性が高いこと」を口外することも、事実上禁じられていたのです。

 

2022(令和2)年公職選挙法改正

そこで、地域の自主性及び自立性を高めるための改革の推進を図るための関係法律の整備に関する法律( 2020(令和2)年6月10日法律第41号)により、公職選挙法が改正されました(2020(令和2)年9月10日施行)。

 具体的には、公職選挙法86条の4では、「衆議院議員又は参議院比例代表選出議員の選挙以外の選挙における候補者の立候補の届出等」を規定していますが、その第4項の改正です。

なかでも重要なのは、2号と3号の以下の下線部分です。公職選挙法9条2項と3項を満たす者であることが見込まれる者であることを追加し、立候補者本人による宣誓書を、立候補の届出に添付することを求めています。つまり候補者自身が3か月居住要件を満たしていると「誓う」わけですから、「住所要件を満たさない者が当選を得られないことを承知で立候補する」事態は避けられそうですね。

【公職選挙法】

第86条の4 公職の候補者(衆議院議員又は参議院比例代表選出議員の候補者を除く。以下この条において同じ。)となろうとする者は、当該選挙の期日の公示又は告示があつた日に、郵便等によることなく、文書でその旨(出馬の旨)を当該選挙長に届け出なければならない。

4 第1項及び第2項の文書には、次の各号に掲げる選挙の区分に応じ当該各号に定める宣誓書、所属する政党その他の政治団体の名称を記載する場合にあつては当該記載に関する当該政党その他の政治団体の証明書(略)その他政令で定める文書を添えなければならない。

 参議院(選挙区選出)議員の選挙 第86条の8第1項、第87条第1項、第87条の2、第251条の2又は第251条の3の規定により当該選挙において公職の候補者となることができない者でないことを当該公職の候補者となるべき者が誓う旨の宣誓書

 都道府県の議会の議員の選挙 当該選挙の期日において第9条第2項又は第3項に規定する住所に関する要件を満たす者であると見込まれること及び第86条の8第1項、第87条第1項、第251条の2又は第251条の3の規定により当該選挙において公職の候補者となることができない者でないことを当該公職の候補者となるべき者が誓う旨の宣誓書

 市町村の議会の議員の選挙 当該選挙の期日において第9条第2項に規定する住所に関する要件を満たす者であると見込まれること及び第86条の8第1項、第87条第1項、第251条の2又は第251条の3の規定により当該選挙において公職の候補者となることができない者でないことを当該公職の候補者となるべき者が誓う旨の宣誓書

 地方公共団体の長の選挙 第86条の8第1項、第87条第1項、第251条の2又は第251条の3の規定により当該選挙において公職の候補者となることができない者でないことを当該公職の候補者となるべき者が誓う旨の宣誓書

 

結びに代えて

昨今、この3か月要件に関するご相談を受けることがあります。具体的に「こういう場合はどうでしょうか?」というものが多く、やはり皆さんがお子さんの修学なり、親御さんの介護なり、お仕事のご都合なりのご事情を抱えてらっしゃることがよくわかります。

住所」というのはどういう要件を満たすと「住所」つまり生活の本拠といえるのかについての明確な基準はありません。ただ、家族が離れ離れに済んでいる場合に、家族皆で集まるときに、候補者が他の家族のもとに行く(通う)となると、この居住要件が問題になるように思います。むしろ、トラブルを避けるためには、(可能であれば、)他の家族が候補者のもとに会いに来るようにできれば(または、来る機会も増やせれば、いくばくかは)トラブルを避けられるのではないでしょうか。

 

以上

 

(参考)

・スーパークレイジー君議員“当選無効不当” 訴え退け 東京高裁

2021年10月15日 19時37分 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211015/k10013309061000.html (2022年1月17日 最終閲覧)

・スーパークレイジー君の当選無効認める 高裁「住んでいた事実ない」

村上友里 堤恭太2021年10月15日 21時32分 https://www.asahi.com/articles/ASPBH73N6PBHUTIL04Z.html (2021年1月17日最終閲覧)

・「地域の自主性及び自立性を高めるための改革の推進を図るための関係法律の整備に関する法律による公職選挙法の一部改正の施行について(通知)」総行選第35号 令和2年6月10日

・拙稿「地方議員選挙における被選挙権要件に関する一考察 ―3箇月住所要件および兼業禁止規定について―」富大経済論集63 ( 2 ) 1 – 24頁   2017年12月