「ビジネスに関わる行政法的事案」第61回 救急車は無料なのか?
第61回 救急車は無料なのか? 神山 智美(富山大学)
はじめに
2022(令和4)年の救急車の出動件数は7,229,838件です。搬送人員は、6,216,909人だそうです。近年は、毎年7から10パーセント程度ずつ増加しています(表1)[注1] 。この数値から見れば、救急車に乗ったことがある人は少なくないといえるでしょう。ご自分が搬送された場合もあれば、付き添いで乗られた方もあるかもしれません。私は、両方の経験があります。
救急搬送という仕組みがあるということは大変ありがたいです。他方で、「いつ連絡しても駆けつけてくださる」ということは、出動があってもなくても 常にスタンバイしててくださるわけですので、「無駄」も多いわけです。自ずとコストフルになりますね。
今回は、救急搬送は無料とされていますが、それでよいのかということも問われています。救急搬送の仕組みの現状をみてみましょう。
なぜ無料なのか
まず、「なぜ無料なのか」について考えます。
消防車による出動や救急搬送は、積極的に「無料にする」と何かに規定されているわけではありません。
消防法を見てみましょう。同法35条の5第1項には、救急業務の実施基準は、都道府県が定めるべきとの規定があります。それを踏まえての各都道府県では、救急車の利用料金については、概して定めておりません。そのため、「無料」となっているのです。、
〔消防法〕
第35条の5 都道府県は、消防機関による救急業務としての傷病者(略)の搬送(「傷病者の搬送」)及び医療機関による当該傷病者の受入れ(「傷病者の受入れ」)の迅速かつ適切な実施を図るため、傷病者の搬送及び傷病者の受入れの実施に関する基準(「実施基準」)を定めなければならない。
無料でいいのかという議論が根強い
無料で良いのかという議論があります。つまり有料化すべき事案もあるのではないかということです。
2015(平成27)年5月11日に開催された財政制度等審議会(財務相の諮問機関)で財務省が示した案の中に、「軽症の場合の有料化などを検討すべきではないか」との記述があります(図1)[注2] 。このあたりから議論がはじまっています。
また、2006(平成18)年3月に消防庁が発表した「救急需要対策に関する検討会」報告書[注3] では、①119番通報を受けた時点で緊急度・重症度を識別する「トリアージ」を行う、②軽症者に民間の移送サービスや受信可能な病院の情報を紹介する、という対応を行っても十分な効果がない場合には、有料化を視野に入れるべきであると提言されています。
救急車をタクシー代わりに使う事例等もあることが紹介され、批判を浴びたからでしょうか。傷病の程度は「入院不要の軽症」が49.4%と最も多いことも報道[注4] されています。救急搬送の現場では、深刻な事態となっているようです。
そんな中、救急車有料化のニュースが?!
そんななか、救急車有料化のニュースがありました。
NHKは、「入院に至らない救急搬送 6月から7,700円徴収へ 三重 松阪」と題して、2024年1月22日 16時15分「三重県松阪市は、救急車の出動件数が増加し、必要な人への早期の治療に支障が出ることも懸念されるとして、救急搬送されても入院に至らなかった場合、ことし6月から1人当たり7,700円を徴収することを決めました。」と報じました[注5] 。
これでは、松阪市が救急搬送料金を徴収して松坂市に入金されるように受け止められますね。
しかし、その理解は正確ではありません。
正しくは、「市が」、「このままでは必要な人への早期の治療に支障が出ることも懸念されることも理由の一つとして、以下の三病院(二次救急)に救急搬送されても入院に至らなかった場合、1人当たり選定療養費7,700円(7,000円+税)を、ことし6月1日から徴収することが決まったので」、「取りまとめて発表しました。」ということです。
選定療養費の徴収を決めたのは、三つの病院(わたくし立病院2つと、市立病院1つ)が自ら独自に設定しました。今回は、それらを取りまとめて発表したのが松阪市ということになります。
ちなみに、二次救急とは、以下の表2[注6] をご参照ください。重症者ということですね。
表2:一次救急・二次救急・三次救急、それぞれの特徴
対 象 | 来院手段 | 対応する医療機関 | |
一次救急 | 自力あるいは家族の付き添いで来院・帰宅可能な軽症者。 | 自家用車
タクシー 公共交通機関 |
在宅当番医
休日夜間急患センター かかりつけ医 |
二次救急 | 入院や手術が必要となる重症者。 | 自家用車
タクシー 公共交通機関 救急車 |
救急告知医療機関(救急指定病院)
病院群輪番制病院 共同利用型病院 |
三次救急 | 一次救急・二次救急では対応が難しい重症者。
複数の診療科での治療が必要な重篤患者。 |
救急車 ドクターヘリ |
高度救命救急センター
地域救命救急センター 救急救命センター
|
選定療養費というのは、大規模な病院を受診する際に、大規模な病院が、通常の医療費に加えて保険が適用されない費用を請求できる制度です(図2)[注7] 。「初期の診療は地域のお医者で、高度・専門診療は大きな病院で行う」という医療機関の機能分担を目的に設定された制度です。この制度は、2022年10月1日に改定され、病院の規模や特性によって異なります。
そのため、救急搬送料が有料になったわけではないのです。三重県条例で、新たに救急搬送の有料化が規定されたわけでも、救急業務の実施基準が変更になったわけでもありません。
ちなみに、松阪市は、「救急搬送の有料化ではない。緊急の時には迷わず119番してほしい[注8] 」としています。
過去には悲惨なニュースも―119番訴訟
救急搬送で思い出されるのは、一人ぐらしの大学生が亡くなった事件です。2011年10月、一人暮らしだった山形大学2年、Oさん(当時19歳)からの119番通報に対し、消防本部の職員が「歩けるの?」などと尋ね、タクシーで近くの病院に行くよう促しました。Oさんは9日後、自室で遺体で見つかりました。いわゆる「119番訴訟」です。
山形市長は、当該訴訟において、「市の対応に問題あった」として、和解しました。その後、「119番訴訟」に関する検証結果を発表し、「通報の最初のやりとりで直ちに(救急車の)出動指令を出すのが、より望ましいあり方だった」と語っています[注9] 。外部の有識者らによる「検討会」をつくって救急救命業務の改善策も話し合われました。
救急搬送の仕組みの重要さと、それをより有効に使うことの大切さがわかる事案です。
行政資源を大切に
2022(令和4)年には、単身世帯は全世帯の32.9%、夫婦のみの世帯は24.5%です[注10] 。いずれも増え続けています。夫婦二人であっても、いずれかが不調となったときに、残りの一人だけでは、容易に病院には連れていけません。単身世帯ならなおさら、救急搬送に頼らざるをえないことでしょう。
このように、社会において必要かつ重要な機能なのです。皆で、その有効さを享受できるように、適切に使う必要がありますね。
以上
[-注-]
[注1] 総務省消防庁「報道資料:令和4年中の救急出動件数等(速報値)」の公表」2023年3月31日https://www.fdma.go.jp/pressrelease/houdou/items/230331_kyuuki_1.pdf(2024年5月2日最終閲覧)。
[注2] 財務省主計局「地方財政について」2015(平成27)年5月11日、https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11115809/www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/zaiseia270511/01.pdf(2024年5月2日最終閲覧) 8頁。
[注3] 総務省消防庁「救急需要対策に関する検討会 報告書」2006(平成18)年3月https://www.fdma.go.jp/singi_kento/kento/items/post-130/01/houkokusho.pdf(2024年5月2日最終閲覧)2頁等。
[注4] 久保田雄城「救急車出動が過去最多 『タクシー代わり』の利用実態も」財経新聞2017年1月15日 18:26https://zaikei.co.jp/article/20170115/347317.html (2024年5月2日最終閲覧)。
[注5] NHK 「入院に至らない救急搬送 6月から7700円徴収へ 三重 松阪」2024年1月22日 16時15分https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240122/k10014330051000.html(2024年5月2日最終閲覧)。
[注6] 民間の救急車エマジェン「一次救急・二次救急・三次救急の違い、搬送方法について解説」2023年3月2日ttps://emagen119.com/column/13(2024年5月2日最終閲覧)。
[注7] 医療コンパス「選定療養費とは【2022年10月1日改定】」https://hitoshi-re-learning.com/elective-medical-care-expenses-2022/(2024年5月2日最終閲覧)。
[注8] 菊地洋行「救急車呼んだが入院は不要→7700円を徴収へ 三重・松阪の3病院」朝日新聞DIGITALhttps://www.asahi.com/articles/ASS1Y5Q8FS1SONFB00C.html(2024年5月2日最終閲覧)。
[注9] 戸松康雄「『市の対応 問題あった』/山形市長」2016年2月26日
http://www.asahi.com/area/yamagata/articles/MTW20160226060410001.html(2024年5月2日最終閲覧)。
[注10] 厚生労働省「2022(令和4)年 国民生活基礎調査の概況」https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa22/dl/14.pdf(2024年5月2日最終閲覧)3頁。