「ビジネスに関わる行政法的事案」第51回 「選挙割」ってご存じですか?
第51回 「選挙割」ってご存じですか? 神山 智美(富山大学)
はじめに
「○○割(引)」って何だろうと考えてみると、例えば学割、団体割引、会員割引、定期購入割引等を例にすると、順に、学生であること、団体であること、会員であることおよび定期購入であることを理由として、なされる割引であることが理解できます。これは、それぞれ学生であること、団体であること、会員であることおよび定期購入であることを推奨している、またはそういう人にお客さんになってほしいと願っていることの表れでもあります。
私が最近触れた表現に、「選挙割」というものがあります。上記のロジックからは読みとりづらく、「選挙があると割引になるの?」とも思ってしまいますが、そうではありません。いわば「投票割」ですね!選挙に行ったことが証明されれば、割引特典を受けられるという制度です。
ご存じでしたか?それとも、既にたくさん活用されているつわものでしたか?
選挙割とは
選挙割が活用できる具体的な店舗等は(一社)選挙割協会、センキョ割実施委員会というところの以下のサイトで紹介されています。選挙当日だけではなく、期間は2週間ほどです。「カフェのドリンクや、ラーメンの味玉や大盛りが無料になるのがうれしい」という声も聞かれます。
具体的には、選挙割とは、「投票後、投票済証明書や投票所の看板か貼り紙の前で撮った写真がクーポンの代わりとなり、参加店でオトクが楽しめる!」というものです(図1)。「選挙を無意識でポジティブに捉えられる国民的行事に選挙割文化で社会参加意識向上のきっかけをみなさんとつくりましょう♪お店も喜び、ポジティブになれれば、もっと学びたくなるよ♪」と紹介されています。
選挙割のための投票済証にも工夫が
「投票済証」とは、各種選挙の投票後にその証明として選挙管理委員会から交付される証明書です。その発行はそれぞれの自治体および選挙管理委員会の判断に任されているようです。というのも、公職選挙法には規定はなく、法的根拠に基づくものではないため、各自治体がサービスとして大なっている業務だからです。
選挙割に対する是非論
選挙割に対しては、賛成意見も反対意見もあります。
賛成意見は、投票率アップと、それが各種店舗や商店街などでの顧客サービスにつながり地域活性化につながるというものです。反対意見は、公職選挙法に根拠規定がなく、やはり選挙啓発運動と営利活動は分けて考えるべきであるというものです。投票は個人の自由意思によるべきで、選挙済証に基づくサービスが目的化してしまうと、利益誘導や買収に利用されるおそれが懸念されています。
選挙権の法的性質
この考え方の背後には、選挙権に対しての考え方の違いがあると思います。辻村みよ子教授によれば、選挙権の法的性質には、大きく分けて以下の4つの考え方があります(日本評論社『憲法 第4版』。①選挙権を個人の権利と考える、②選挙権を選挙という公の職務を遂行する義務(公務)と考える、③選挙権の権利性を否認して国家機関権限と考える、④権利と同時に義務と考える。①(権利説)と②③(義務または権限に基づく責務)の間に④があるという具合です。民主主義により社会を維持していくためには、④のように両方の側面を持っていると考える人が多いのではないでしょうか。
つまり、①の権利であれば、投票したということは権利行使をしただけですので、決してそれ自体何らかの褒賞の対象とはならないということになります。また、極端な言い方をすれば、権利放棄をする自由もありますので、権利行使せよ(投票しましょう)ということを強要することはむしろ違法・不当な行為ともいえます。他方、②の義務(公務)であれば、投票するという公務をまっとうしたわけですので、褒賞の対象とされても良いように考えられます。
選挙権に関する条文を見ておきましょう。日本国憲法15条4項によれば、明示的に投票の秘密を規定しています。一方、誰も選挙権行使をしなければいかなければ(権利放棄すれば)有権者の代表者が選定されないことになり、民主主義の根幹が揺るぎます。そのため、公職選挙法6条では、行政は、「常にあらゆる機会を通じて選挙人の政治常識の向上に努める」こととされており、選挙に対する周知・啓発が義務付けられています。
〔日本国憲法〕
第15条 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。
2 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。
3 公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。
4 すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない。
〔公職選挙法〕
第1条 この法律は、日本国憲法の精神に則り、衆議院議員、参議院議員並びに地方公共団体の議会の議員及び長を公選する選挙制度を確立し、その選挙が選挙人の自由に表明せる意思によつて公明且つ適正に行われることを確保し、もつて民主政治の健全な発達を期することを目的とする。
第6条 総務大臣、中央選挙管理会、参議院合同選挙区選挙管理委員会、都道府県の選挙管理委員会及び市町村の選挙管理委員会は、選挙が公明かつ適正に行われるように、常にあらゆる機会を通じて選挙人の政治常識の向上に努めるとともに、特に選挙に際しては投票の方法、選挙違反その他選挙に関し必要と認める事項を選挙人に周知させなければならない。
自由投票について
近代選挙の五原則として、「普通・平等・自由・秘密・直接」選挙の原則があります。なかでも、投票行動の自由(棄権の自由・強制投票の禁止)、立候補の自由および選挙運動の自由などは、自由投票に含まれます。
選挙に行ったという選挙済証は、それを証明したい人が用いればよい制度ですので、選挙割に用いたとしても、自由選挙を侵害するとはいえないように思います。
では、「棄権の自由」が争われた判例について検討してみましょう。
以下は、最高裁判所裁判官国民審査の効力に関する異議事件(第一小判昭和38年9月5日判時347号8頁)です。
原告は、最高裁判所裁判官の国民審査に付すべき者が複数ある場合に、投票者が一部の裁判官について棄権しようとして、その裁判官の氏名について棄権の趣旨を表示して行なった投票が、開票の際に「余事記入」として扱われてしまうことから、一部の裁判官の国民審査についての棄権の自由が侵害されていると訴えました。
しかしながら、最高裁は、最高裁判所裁判官の国民審査に付すべき者が複数ある場合に、投票者が一部の裁判官について棄権しようとして、その裁判官の氏名について棄権の趣旨を表示して行なった投票を、余事記入にならず有効の投票であると解することは、現行法の下では無理である。すなわち、最高裁判所裁判官の国民審査は、積極的に罷免を可とする者が多いかどうかを投票で定める制度であるから、棄権など、積極的に罷免を可とする意思を有しない者の投票を、罷免を可としないものに含めても、その者の意思に反する効果を発生せしめるものではないから、思想、良心の自由や表現の自由を制限するものではない、と判断しました。
確かに厳密にいうと、1枚のシートに複数名記されていますと、一部の人の案件だけ棄権ということを表明しづらいです。しかし、選挙を実施する行政資源も有限であり、加えて、ある程度の事務処理上のスピーディさや合理性が求められますので、やむを得ないといえると思います。
結び
わたしは、常々、「(例えば)暑いときに選挙に行ったら飲みものの1杯でもサービスで出せるようにならないか」と考えていました。ことにコロナ禍では、ソーシャルディスタンス他を保ちながら長時間待たされるのは、それなりに苦痛を伴う作業だからです。途中で待ちくたびれてしまう人もいるでしょう。
しかし、そうしたサービスを選挙管理委員会などの公が行うことは、選挙権自体が「権利の行使」なので難しいとも納得していました。
こうした背景において、民間事業者や融資の方々が、地元や社会をよりよくするために、選挙に行く人を応援するような社会的仕組みや仕掛けを作ってくださったことに感謝しています。こうした仕組みや仕掛けが、投票の不正には直結しづらく、むしろ次はより自分の意思を正しくクリアに投票内容に直結させられるような教育・啓発が必要になると思われます。
以上
(参考)
2022年参議院選挙センキョ割参加企業・店舗紹介https://stores.senkyowari.com/?utm_source=senkyowari.com&utm_medium=top_link&utm_campaign=opening_site
「投票所でもらえる投票済証、70年以上前に既に発行の記録 デザイン重視で明智光秀が登場したことも」6/23(木) 18:29 メーテレ
https://news.yahoo.co.jp/articles/ed20dfc845dd11f1191b8699f5a63da3f8b7816f
「投票済み証明書もらいました?交付に地域差、組織利用も」岩尾真宏、柏樹利弘、菅原普2019年7月16日 9時54分朝日新聞デジタル
https://www.asahi.com/articles/ASM7B4WS4M7BOIPE011.html