ビジネスに関わる行政法的事案」第64回 学生の住所について 「住民票の移転は必要か?」〜選挙権行使、成人式および市町村地域防災計画

第64回 学生の住所について 「住民票の移転は必要か?」〜選挙権行使、成人式および市町村地域防災計画      神山 智美(富山大学)

 

はじめに

先日出席したイベントで、「防災に関して、学生(18歳以上)が実際の生活の本拠地に住民票を移転しておくことが重要ではないか」ということを申し上げました。

その理由は、①そもそも住民基本台帳法上、「生活の本拠」が住所であり、住所を有する市町村に住民票登録をすることは法令上求められている、②市町村地域防災計画において災害時に必要となる物資等の計画を策定しているので、正確な居住者数の把握は必要なこと、を申し上げました。また、住民票の移転をしないと、③「18歳からの選挙権」行使が可能となっているものの、生活している地域の「選挙権行使」には実態としてなかなか結び付きづらいのではないかとも申しあげました。

すると、④成人式を地元(18歳まで育った地域)で参加したいので、20歳までは住民票を移動させづらい、そのためその後は移動させないまま過ごすことになってしまう、という傾向があることも伺えました。

当該イベントでは、防災に関して、平時からボランティア組織の構築や、物資の備蓄などを計画的に遂行しておく必要があることから、上記①〜③の意見申し上げました。

この学生(18歳)の住民票問題は、折に触れ考えることですので、以下では、本件について検討してみようと思います。

1.①住民基本台帳法に従うと

住所は、住民票に記載されてあるところではありません。民法22条によれば、住所は、「生活の本拠」なのです。すると、高校を卒業して大学や専門学校に進学するに当たり、一人暮らしを始めた場合には、その一人暮らしをしている場所が「生活の本拠」たる住所に該当します。

また、住民基本台帳法24条には、生活の本拠で住民票を届け出る必要があると規定されており、引っ越しをした後に住民票を移さずにいるのは法律違反です。さらに、52条により5万円以下の科料に処される可能性があります。

〔民法〕

第22条 各人の生活の本拠をその者の住所とする。

〔住民基本台帳法〕

第24条 転出をする者は、あらかじめ、その氏名、転出先及び転出の予定年月日を市町村長に届け出なければならない。
第52条 2 正当な理由がなくて第22条から第24条まで、第25条又は第30条の46から第30条の48までの規定による届出をしない者は、5万円以下の過料に処する。

2.②災害時対応のため
災害対策基本法によれば、市町村防災計画において、当該自治体における物資の備蓄や調達などが規定されています。
ここで、大学生および大学院生(以下「学生ら」という。)が、正式な住所を有していない場合にはどうなるのでしょうか?
もちろんそこに大学があることは認識されていて、その学生らが近辺に居住していることは把握されているでしょう。しかし、災害時に正しく住民の確認および把握をするということは、自治体には難しくなります。すなわち、大学が、日ごろから防災訓練や災害時安否確認の訓練などをする必要は高まります。
他方で、より正確な把握ができれば、平時から、災害時の学生ボランティアグループの形成や、防災訓練等も徹底できるかもしれません。

〔災害対策基本法〕

第42条 市町村防災会議(市町村防災会議を設置しない市町村にあつては、当該市町村の市町村長。以下この条において同じ。)は、防災基本計画に基づき、当該市町村の地域に係る市町村地域防災計画を作成し、及び毎年市町村地域防災計画に検討を加え、必要があると認めるときは、これを修正しなければならない。この場合において、当該市町村地域防災計画は、防災業務計画又は当該市町村を包括する都道府県の都道府県地域防災計画に抵触するものであつてはならない。

2 市町村地域防災計画は、おおむね次に掲げる事項について定めるものとする。

一 当該市町村の地域に係る防災に関し、当該市町村及び当該市町村の区域内の公共的団体その他防災上重要な施設の管理者(第4項において「当該市町村等」という。)の処理すべき事務又は業務の大綱
二 当該市町村の地域に係る防災施設の新設又は改良、防災のための調査研究、教育及び訓練その他の災害予防、情報の収集及び伝達、災害に関する予報又は警報の発令及び伝達、避難、消火、水防、救難、救助、衛生その他の災害応急対策並びに災害復旧に関する事項別の計画
三 当該市町村の地域に係る災害に関する前号に掲げる措置に要する労務、施設、設備、物資、資金等の整備、備蓄、調達、配分、輸送、通信等に関する計画
(以下略)

3.③「18歳からの選挙権」行使を可能とするために
「18歳からの選挙権」は、社会で広く認識されています。高校生にも、「選挙に行きましょう」という学習は、かなり徹底されています。しかし、実際に選挙権を行使しようとすると、「投票所入場券」を受け取り、それをもって投票をしに行くことが求められます。

「投票所入場券」は、当該市町村に住所を有する人に送られます。つまり、一般的には住民票を移転(または作成)してから3か月以上経過した人を対象に送られます。
そのため、もしも学生らが住民票を移転さえていないと、旧住所地に送られてしまうわけです。すると、「生活の本拠」における選挙権は行使できないことになります。

「『生活の本拠』とはいえ、あまり社会情勢や政治には詳しくないから、誰に投票すれば良いかわからない」という声も聞きます。確かに学生のうちは、あまり社会との設定等は多くはないかもしれません。しかし、せっかくの生活環境を創生していくことに参画していける権利(機会)ですので、ぜひ生かしてください。

〔公職選挙法〕

第9条 日本国民で年齢満十八年以上の者は、衆議院議員及び参議院議員の選挙権を有する。

2 日本国民たる年齢満十八年以上の者で引き続き三箇月以上市町村の区域内に住所を有する者は、その属する地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有する。

3 日本国民たる年齢満十八年以上の者でその属する市町村を包括する都道府県の区域内の一の市町村の区域内に引き続き三箇月以上住所を有していたことがあり、かつ、その後も引き続き当該都道府県の区域内に住所を有するものは、前項に規定する住所に関する要件にかかわらず、当該都道府県の議会の議員及び長の選挙権を有する。

(以下略)

4.④成人式を地元(18歳まで育った地域)で参加したいという人への対応

成人式を地元(18歳まで育った地域)で参加したいので、20歳までは住民票を移動させづらい」という声を聴きます。確かに、成人式は、「同窓会」のようなニュアンスもありますね。

18歳で成人となりますが、18歳で成人式を実施する自治体は多くはありませんし、高校卒業時には進学準備時期でもあり、あわただしいでしょうから、成人式を実施するには良いタイミングとも言えません。そうした事情を勘案して、20歳で成人式を実施し続ける自治体が少なくありません。

こうした事情も勘案すると、地元(18歳まで過ごした、または高校生活を過ごした自治体等)で成人式に参加できるように自治体に招いてもらう、または自治体に予め成人式開催についてウェブサイト等で周知してもらい、必要に応じて事前に参加登録等を行えばよいのではないでしょうか。大学などを卒業後には、地元自治体に戻る人もそうでない人もいるでしょうが、自治体が当該自治体に関係する新成人をお祝いするには大きな問題は無いように思います。

5.まとめ

学生(18歳以降)の住民票問題については、学生自身が、「住所」「住民票」の意味のみならず、「生活の本拠」として登録することによるメリット/デメリットを正確に確認することが重要です。住民票を移転しないことは、法令違反にはなるのですが、不便を感じなければあえてする必要を感じないでしょう。

そのためにも、成人となっている18歳において、自身で自分の生活の把握および管理ができているのかどうかが、あらためて問われてきそうですね。