ファシリテーション・ペイメントへの対応

 

ファシリテーション・ペイメントへの対応

「海外腐敗防止」対応における重要課題である「ファシリテーション・ペイメント」について、「きれい事」で済まさず、少し踏み込んだ問題提起をいたします。

海外腐敗防止法など

1977年に制定されたアメリカのFCPA(”Foreign Corrupt Practices Act”:海外腐敗行為防止法)に始まり、OECDで1997年に採択された「外国公務員贈賄防止条約(国際商取引における外国公務員に対する贈賄の防止条約)」により一挙に国際的な広がりを見せている外国公務員に対する贈賄の禁止は、域外適用を認める法制化を各国が行うという形で進行しています。日本でも1998年に不正競争防止法が改正され、「外国公務員贈賄罪」が規定されていることはご存じのとおりです。

そもそも「賄賂」とは、公権力を執行する為政者や官吏に対して、権力執行の裁量に情実をさしはさんでもらうことを期待する者が、法や道徳に反する形で提供する財やサービスのことであって、どの国でもその国の為政者や官吏に関わる贈収賄については刑法で罰則を科すことをもって禁じられているのが普通です。

したがって、為政者や官吏などいわゆる公職・公務員に対する「賄賂」の提供は犯罪であり、これを禁止するのは企業としても「当然」のことであり、たとえ相手が民間企業や私人であっても、「賄賂」に相当する金品やサービスなど財産上の利益の供与を禁じることは企業コンプライアンスの基本であるといえます。

ファシリテーション・ペイメント

ところが、実務において微妙な問題となるのは、「ファシリテーション・ペイメント(Facilitation Payments)」と称されている「(税関の通関手続など)通常の行政サービスの円滑化のための少額の支払」の取扱いです。新興国などにおいては、公務員給与が低額であるなどの原因もあり、行政サービスの迅速化・円滑化のためと称して「コーヒー・マネー」とか「ティー・マネー」などと呼ばれる比較的少額の金銭を担当官から請求されることが慣行となっていることがあります。その支払いを拒否すると、通関などの手続が滞って納期に間に合わないなど、ビジネスに支障が生じる事態に陥ることになりかねず、その対応は現地の赴任者・担当者にとっては非常に悩ましい問題なのです。

FCPAでは、条文(15 U.S. Code § 78dd–1 (b))でファシリテーション・ペイメントをFCPA適用の例外(適用除外)としています。一方、FCPAのガイドラインでは「(この)例外は支払った金額の多寡にかかわらず、あくまで『その支払いの目的』によって許容されるか否かの判断がなされる」としており、少額だからといって「例外」扱いされるわけではないことも確認しています。

しかし、英国の「Bribery Act 2010」や日本の不正競争防止法にはファシリテーション・ペイメントを適用除外とする明文の規定はありません。そして、各国の刑法や腐敗防止法において、国内での贈収賄罪の対象からファシリテーション・ペイメントを除外するような文言が加わっていることは、国家の威信としても、まずあり得ません。

ということは、固く言うと、ファシリテーション・ペイメントが当該国で違法とされない保証はないということになります。

企業コンプライアンス

多くの企業は、コンプライアンスの基本として、表向きでは、海外現地法人・支社・支店に「ファシリテーション・ペイメントを含め、第三者に対する一切の財産上の利益の供与を禁止する」という方針を打ち出し、その方針を公表しています。

しかし、実際には現地の赴任者・担当者に判断およびリスクを丸投げしている企業が多いものと思われます。(「そっちで問題にならないように、上手くやってくれ!」というヤツですね。)

「そんなバカな・理不尽なことはない!」というのが筆者の言いたいところなのです。

「そうまでしてやらねばならないビジネスや市場からは撤退すれば良い!」と割り切ることができる(「金持ち喧嘩せず」を実行できる)一部の大手上場企業には、実際に完全禁止を実行しているところもあるようですがね。

先に述べたように、ファシリテーション・ペイメントが慣行化している国においては、それを禁じると、通関などの行政手続が滞って商品の納期あるいはイベントの開催に間に合わなくなるなど、ビジネスに支障が生じる事態に陥ることがあると覚悟する必要があるのです。その覚悟とリスクを本社が背負うことなく口先だけで「禁止」を唱えて済ませていると、現地の赴任者・担当者がすべてのリスク(本人が逮捕・収監されるリスクまで)を負うことになります。ビジネスに支障が生じると、その責任を問われ、評価も下がる。ペイメントを行い立件されると、禁止の方針を公表している以上は、会社はその赴任者・担当者を懲戒(万一、有罪ともなれば「懲戒解雇」)することになるでしょう。そんな理不尽で不幸な役割を現地に押しつけてはなりません。

現場に応じた対応

ファシリテーション・ペイメントに関して現地の赴任者・担当者にすべてのリスクを背負わせることは、当人が逮捕・収監されるという重大なリスクがあるばかりでなく、彼らから企業ロイヤルティを喪失させ、モラル低下をもたらすという事態をもたらします。

企業として行うべきことは次のとおりです。

1.ファシリテーション・ペイメントの支払実態を調査する。

当該企業の海外現地法人・支社・支店(以下「現地拠点」といいます。)の所在国・所在地におけるファシリテーション・ペイメントの支払実態(そのような慣行が存在するか、存在する場合はどのような場合にどのような額・物が請求されるのか、拒絶した場合の影響など)を現地拠点の赴任者・担当者や同業者および現地弁護士や専門家にヒアリングし、調査する。

2.ファシリテーション・ペイメントの支払を行う実態・慣行があることが判明した場合:

①ファシリテーション・ペイメントの支払を禁止する。

この場合には、支払わなかったことにより生じるビジネス上の支障・損害については現地拠点の赴任者・担当者の責任としないことを明示する。

 または、

②当該国・地域におけるファシリテーション・ペイメントの支払に関する規則を定める。

  • 日本本社に海外腐敗防止担当部署(以下『担当部署』と言います。)を設置し、行政サービス等のカテゴリー毎に支払金額の上限を定める、
  • 上限を超える請求があった場合には見地拠点は日本本社の担当部署の判断を仰ぐ、
  • 上限を超える支払をする場合には支払の記録を残す、
  • 規則内で行った支払については、会社としては当人の責任を問わない。

なお、規則策定に当たっては、現地拠点の赴任者・担当者の意見はもちろんのこと、現地弁護士や専門家の意見・考え方を充分参考にする必要があることはいうまでもありません。また、できれば本件に精通した現地弁護士・弁護士事務所をリテインしておくことも大切です。

規則については、PDCAサイクルで見直し、改定を行っていく必要があります。

3.外交活動

上記1および2とは別途または同時に、各現地拠点におけるファシリテーション・ペイメントの支払の実態を定期的にモニタリングし、当該現地拠点とともに現地弁護士を含め対応策を検討し、現地の日本大使館・領事館、商工会議所、外務省、JICA、ジェトロ、同業者組合等を通して現地政府に対して改善を要求するなど当該地におけるファシリテーション・ペイメントを解消する方法を検討する。

ファシリテーション・ペイメントの支払を(場合によっては賄賂性の強い支払も)通関業者やエージェントなどを間に介在させることにより、直接的な支払の痕跡は残さないという方法が採られることも多いものと思われますが、それとて「知って」やっているならば、そしてその支払そのものが違法であれば、罪を免れる切り札にはなりません。

当該国・地域におけるファシリテーション・ペイメントの法的・文化的取扱いの現状を個別に把握の上、支払い対象サービス毎にきめ細やかに明確な判断と方針を下すことが各企業に望まれます。

 

以上

 

なお、主要新興各国の腐敗防止法制のうち、比較的金額が低い贈賄行為にも適用される可能性のある規定を表にまとめましたのでご参照下さい。

表は下記の「facilitation list」をクリックすると現れます。

facilitation list