「ビジネスに関わる行政法的事案」第20回:いじめ防止対策推進法について

第20回:いじめ防止対策推進法について        神山 智美(富山大学)

 

はじめに

いじめ」に関するニュースが、連日報道されています。その内容の凄まじさには、耳を疑うものも少なくありません。教育現場も大変だなと思い、「これは教員が対処する問題なのだろうか」「どこまでがいじめで、どこからが犯罪なのか」等の疑問もわきます。正直に申しあげると、“いけないこと”とは認識しつつも、その解決手法等に関しての専門的な部分はよくわかりませんし、そもそも学齢期の子どもや教育現場に限った事象でもないと思っています。

他方、「不作為のいじめ」については悩むこともあります。大人であれば、考え方が合わない人とは敢えて一緒に仕事をした入りプライベートを一緒に過ごすようなことはしません。が、幼稚園や小学校であれば、合わなさそうな人を避けること、つまりトラブル回避であっても「無視した」「仲間外れにした」とされて「いじめ」認定されてしまうこともあるからです。「うちの子は呼んでもらえなかった」という訴えをされてしまうと、それも「いじめ」をしたということになるのでしょうか?

だれかと仲良くすると、他の子とは相対的に仲良いとはいえない状態になります。しかし、それは「好き」「嫌い」の二項対立ではなくて、「好き」「普通(意識していない)」というだけなのだと思います。わざわざ「嫌い」という負の感情にひきずられ、時間を無駄にすることはありません。こうした距離感を次第に覚えていくのが、社会性の獲得なのかと(社会的成熟度の未熟なことを自覚する)筆者なりに思います。

こんな筆者の感慨とは裏腹に、連日のニュース番組では、痛ましい内容が報道されます。ネットいじめも深刻化しています。古今東西「いじめ」は撲滅しづらいものであるとすれば、学校と保護者だけではなく社会の問題としており扱おうという流れができてきています。

いじめ防止対策推進法

いじめ」を法律ではどのように扱っているのでしょうか。もちろん、程度の激しいものは犯罪であり刑法の範疇といえますが、まずは「いじめ」を見てみましょう。

いじめ防止対策推進法(平成25年法律第71号)は、文部科学省の初等中等教育局児童生徒課が所管しています。やはり学校関連の事案とうけとられているようですね。この法律の目的は、いじめが、いじめを受けた児童等の教育を受ける権利、その心身の健全な成長と人格の形成等への影響、その生命又は身体に重大な危険を生じさせるおそれ等を慮り、国及び地方公共団体等が責任をもっていじめの防止等に努めることです。いじめの防止対策の内容は、「いじめの早期発見及びいじめへの対処」です。このように、いじめ防止対策推進法は、いじめられている者の権利と生命・安全を保護法益としているようです。

より発展的に、①いじめている者への対処(指導や規範意識の教育)や、②「いじめは許さない」という公衆道徳や風潮の確立、③「いじめ」という負の要素を見なくて済むという平穏・安寧の確保も基本理念(3条)等に記されています。

同法における「いじめ」の定義は、以下のようになっています。「インターネットを通じて行われるものを含む」という明記が、新鮮です。

 

〔いじめ防止対策推進法〕

第2条 この法律において「いじめ」とは、児童等に対して、当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているものをいう。

 

また、子女の教育権は保護者にありますので、9条1項ではそれに配慮しつつも、保護者がその子女に「いじめ」をさせてはならないよう教育・指導するという責務を明記しています。他方、9条4項では、保護者の協力が得られない場合であっても、学校の「いじめ」に対する責任が減じられるものではないことを明らかにしています。

 

第9条 保護者は、子の教育について第一義的責任を有するものであって、その保護する児童等がいじめを行うことのないよう、当該児童等に対し、規範意識を養うための指導その他の必要な指導を行うよう努めるものとする。

2 保護者は、その保護する児童等がいじめを受けた場合には、適切に当該児童等をいじめから保護するものとする。

3 保護者は、国、地方公共団体、学校の設置者及びその設置する学校が講ずるいじめの防止等のための措置に協力するよう努めるものとする。

4 第1項の規定は、家庭教育の自主性が尊重されるべきことに変更を加えるものと解してはならず、また、前3項の規定は、いじめの防止等に関する学校の設置者及びその設置する学校の責任を軽減するものと解してはならない

 

 

法的解決を図る必要もあるいじめ問題

いじめ問題にお詳しい山上祥吾弁護士(PRESIDENT Online 2019.7.17)によれば、「いじめは民法上の『不法行為』、集団の場合は『共同不法行為』で、刑法に抵触する可能性のある場合も多い」とのことです。そのような事案であれば、的確に法的な対処をするべきでしょう。

法的な対処に求められるのは、客観的な証明です。ですので、できるだけお子さん(被害者)から丁寧に話を聞き、できれば周囲の人からも情報を集めることが大切です。そして、「LINE等でのいじめは、スクリーンショットを撮って残しておく」「学校内で起こっていることに関してはスマホ、デジカメ、ICレコーダーなどで録音したり撮影したり」するのがよいようです。相手の同意のない録音・録画も、証拠として提出する場合には、原則としてその違法性が問われることはないとのことです。

 

いじめに関する裁判例

直近では、福島地判平成31年2月19日(LEX/DB文献番号25562788)が、共同不法行為である高校での「いじめ」に対して損害賠償請求を認めた事案です。原告Xは、高校の同級生であった被告ら(Yら)から、約1年半にわたり継続的かつ執拗にいじめ及び嫌がらせ等をされたことによって、うつ状態、PTSD(心的外傷後ストレス障害)様状態になったと主張し、被告らに対し、共同不法行為に基づき、損害賠償を求めました。裁判所は、Xの請求を一部認容、一部棄却しました。

いじめのツールに使われたLINEは、スマートフォンなどで用いるコミュニケーションアプリの一つです。無料で、友だちや家族と、トーク(チャット)・音声通話・ビデオ通話を楽しめます。また、Vineは、ショート形式(6秒間)の動画共有サービス(動画アプリケーション)です。 ユーザーは動画をVineのソーシャルネットワークを通して投稿したり、FacebookやTwitterといった他のサービスで共有したりということができます。

いずれも皆で楽しめる便利な道具ですが、使い方を間違えると残念ですね。

 

デジタル・タトゥーに悩まされた事案

デジタル・タトゥーという言葉はご存知でしょうか?「一度ネット上に公開された情報は、なかなか消すことができない」ことを表す言葉です。「入れ墨(タトゥー)を完全に消すことが不可能」であることに例えた比喩表現です。同名のドラマ(「デジタル・タトゥー―ネットの悪意は消えない」)がNHKで放映されたことから、広く認知された言葉でもあります。

このデジタル・タトゥーが問題になった事案が高松高判平成29年7月21日(LEX/DB25546306)です。ネット上のいじめ(誹謗中傷又は名誉毀損)というもので、なかなかネット上の情報を消せないため、関係者を苦しめています。

債権者Xは過去に有罪判決を受けた後、現在まで罪を犯すことなく生活しています。しかし、債務者Yが管理・運営するインターネット上の検索エンジンサービスにおいてXの氏名等を入力して検索をすると、債権者の犯罪歴に関する情報が検索結果として表示されてしまいます。これが、デジタル・タトゥーです。Xは、このままでは重大な損害を受けるおそれがあると主張して、人格権に基づく妨害排除請求権を被保全権利として、Yに対し、検索結果表示の仮の削除を求めました。これが、基本事件である「投稿記事削除仮処分命令申立事件」です。

この事件に関し、原決定(平成28年6月23日)は、本件検索結果表示を仮に削除することをYに命じましたが、本件はYが保全異議を申し立てたものです。

裁判所は、1審2審ともに、本件保全異議申立事件において、Xが本件有罪判決後現在に至るまで罪を犯すことなく生活していることその他のXの主張を考慮してもなお、Xが本件犯罪に係る情報を実名で公表されない利益がその余の利益に優越するものとはいうことはできず、Xが本件検索結果表示の削除請求権を有するものとは認められないとして、「投稿記事削除仮処分命令申立事件」について、地方裁判所が平成28年6月23日にした仮処分決定を取り消し、Xの仮処分命令の申立てを却下しています。

 

 

むすび

学齢期のいじめから社会におけるネットいじめまで、気づかずに加害者や被害者になっていることもあると考えると、いじめは根絶できないものかもしれません。それでも法整備や制度は整ってきていますので、ひるむことなく活用していきましょう。

 

以上