「ビジネスに関わる行政法的事案」第22回:外食産業における食品表示について

第22回:外食産業における食品表示について        神山 智美(富山大学)

 

はじめに

「回転寿司」ってご存知ですか?ご存知であっても、「行ったことがない」という人は少なくないのでしょう。人気ドラマ「相棒」シリーズ(シーズン1第4話と、「相棒 -劇場版- 絶体絶命! 42.195km 東京ビッグシティマラソン」)のなかで、小野田公顕官房長(岸部一徳)が、レーンに食べ終わったお皿を戻すので、杉下右京さん(水谷豊)が「戻さないでください」と注意するシーンが印象的です。この小野田官房長は、「相棒劇場版II 警視庁占拠! 特命係の一番長い夜」では「人は大概成長するものだよ。僕だってほら、今日は皿を戻さないし。」とさりげなく成長ぶりをアピールしたが、「それは成長ではなくただの常識です。」と右京さんに返されてしまいました。

わたしも、これは「ほぼ常識」だと思っていたのです。加えて、「回ってきた他人の注文品を勝手に取ってはいけない」ということも、常識だと思っていました。しかし、先日、そうではないのだという現実に直面しました。わたしの隣のペアが、私の注文品を取って食べているのです。やむなく店員さんに事情を話すと、別途持ってきてくださいました。こういうこともあるのだなと思い、職場に戻ってこんなことがあったと話すと、周囲には「回転寿司」に行ったことがない人が少なくなく、「へーっつ、回転寿司って、他人の注文皿も取れちゃうんところなんですね。」と言われてしまいました。「ほんとはいけないんですよ。」とは答えましたが。話す相手を間違えたなと思った次第です。

余談が長くなりましたが、今回は日本のファストフードのお話しで、回転寿司の寿司種にも関わります。

 

回転寿司のネギトロ、ネギマグロ

回転寿司で「マグロまつり」「マグロフェア」等が定期的に開催されますよね。まぐろは日本人が好きな寿司ネタ第一番のようです。関連するお寿司として、「ネギトロ」「ネギマグロ」があります。

「ネギトロ」は、「寿司種の一種であり、一般的には生のマグロをペースト状にしたもの」と説明されます。「軍艦巻の他、細巻きや手巻き寿司にもされ、また丼物(ネギトロ丼)の材料」にも使われます。「トロ」というのは、マグロの特定の部位の呼称ですが、ここでは特にその部位が用いられていることは前提になっていないようです。むしろトロに似たような風味を出したいという意向なのでしょう。「ネギマグロ」は、そうした「トロ」という表現をより正しく表現するために「マグロ」に置き換えたものと私は考えています。

ここで問題にしたいのは、これらの「ネギトロ」「ネギマグロ」には、マグロは何%含有されているのか、ということです。というのも、マグロ含有量はかなり少ないというウェブ記事を読んだからです。そこには、「魚介類は法令で具体的に名称が決められているわけではないの、これに違反したからといって、即座に法令違反とはなりません。(Yahooニュース 2019年8月13日15:00配信)」とあり、私はなるほどと思いました。生物種の名称を定める法令も、生物種の定義も、法令にはありませんね。

 

ネギトロ、ネギマグロのマグロって?

マグロとは、私たちの常識においては、どの魚のことを指すのでしょうか?

クロマグロ」のことだとおっしゃる方もいらっしゃるでしょう。マグロ属のことじゃないの?と思われている方も少なくないのではないでしょうか?(ちなみに私は後者ですが、一般的には前者のようです。)

また、マグロという名称がついていても、マグロ属に属さない魚がいるようです。例として「カジキマグロ」(カジキの俗称、ちなみに「カジキマグロ」という名称の魚はいません。)および「イソマグロ」(イソマグロ属)があります。

 

 

ですので、「ネギトロ」「ネギマグロ」には、こうしたマグロ属のなかでも安価なメバチマグロやキハダマグロ等が使われていることも想定されています。

では、マグロ属ではないカジキマグロやイソマグロが、「ネギトロ」「ネギマグロ」に使用されているのは違法なのでしょうか?より具体的には、不当な表示を禁止して一般消費者の利益を保護する「不当景品類及び不当表示防止法(以下「景品表示法」という。)」に違反すると言えるのでしょうか。

景品表示法5条は、「実際のものよりも著しく優良であると示」すことを「不当な表示」として禁止しています。とすると、クロマグロ以外の材料を用いた場合、またマグロ属以外のもの材料を用いた場合には、「不当な表示」となるのでしょうか?

ポイントは、景品表示法の保護法益でもある消費者の利益です。つまり、一般消費者に不利益になるかどうかでしょう。回転寿司の「ネギトロ」「ネギマグロ」に、クロマグロ以外の魚が使われていたとしても、それをもって不当とする一般消費者はいないのではないかと思われます。とすれば、むしろ、安価で「ネギトロ」「ネギマグロ」という寿司種を絶やすことなく提供し続けてくれる企業努力に感謝こそすれ、裏切られた感を抱く人は少ないのではないでしょうか。

 

〔景品表示法〕

(目的)

第1条 この法律は、商品及び役務の取引に関連する不当な景品類及び表示による顧客の誘引を防止するため、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれのある行為の制限及び禁止について定めることにより、一般消費者の利益を保護することを目的とする。

(不当な表示の禁止)

第5条 事業者は、自己の供給する商品又は役務の取引について、次の各号のいずれかに該当する表示をしてはならない

一 商品又は役務の品質、規格その他の内容について、一般消費者に対し、実際のものよりも著しく優良であると示し、又は事実に相違して当該事業者と同種若しくは類似の商品若しくは役務を供給している他の事業者に係るものよりも著しく優良であると示す表示であつて、不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認められるもの

二 商品又は役務の価格その他の取引条件について、実際のもの又は当該事業者と同種若しくは類似の商品若しくは役務を供給している他の事業者に係るものよりも取引の相手方に著しく有利であると一般消費者に誤認される表示であつて、不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認められるもの(以下略)

ちなみに、マグロの代わりにアカマンボウという深海魚が重用されているという記事もあります。アカマンボウは、マンボウの仲間ではなく、アカマンボウ目アカマンボウ科 に属する深海魚で別名、マンダイともいうようです。名前にも味にもだまされますね。美味しくて安全であれば、決して本物のクロマグロ100%である必要はないのでしょうが、法には触れないのでしょうか。そこは気になります。

 

 

白身魚ナイルパーチの謎

ドキュメンタリー映画・映像番組『ダーウィンの悪夢』をご覧になったことはありますか?フーベルト・ザウパー監督の作品で、第78回アカデミー賞の長編ドキュメンタリー映画賞にもノミネートされました。

ビクトリア湖の悲劇とも言われるナイルパーチの移入により、生物多様性の宝庫とされた生態系は破壊され、人々の生活も否応なくグローバルな貨幣経済に飲み込まれ、崩壊していく様子が描かれています。

 

 

このナイルパーチは、欧米や日本に輸入されていると言われていますが、私たちが店頭で目にすることは多くはありません。外食用や加工用(魚フライ)に用いられることが多いようです。

 

かつては、「マクドナルドのフィレオフィッシュに用いられている」という噂もありましたが、少なくとも現在のマクドナルドのフィレオフィッシュの材料は、ナイルパーチではなくスケソウダラ/アメリカ(ベーリング海)のようです(マクドナルド公式ウェブサイトより)。

 

法的にはどのような表記が求められているのか

食材はナイルパーチなのですから、ナイルパーチと記すことが求められています。なぜこのような問いを立てるかというと、かつては、その味や趣が似ていることから、「スズキ」「白スズキ」と表示することも可能とされていたからです。

2000年に「日本農林規格等に関する法律(JAS)法」が改正され、生鮮食品に名称や原産地を表示することが義務づけられました。名称については、「その内容を表す一般的な名称を記載すること」とされ、2003年3月28日には、一般および関連学会からの意見と水産庁の水産物表示検討会での議論を踏まえて、「魚介類の名称のガイドライン(中間とりまとめ)」が公表されました。そこでは、原則として、生鮮魚介類の名称 として「種名」(標準和名)が記載されることになりました。そこで、ナイルパーチは「ナイルパーチ」と記載される、または「ナイルパーチ(白スズキ)」と記載されることになったのです。

食品表記に関しては、現在では、食品表示法が規定しています。食品表示法は、衛生上の危害発生を防止する「食品衛生法」、農林物資の品質に関する適正な表示により消費者の選択に資する「JAS法」、国民の健康の増進を図る「健康増進法」の食品の表示に関する規定を統合して、一元的な法制度として創設されました。

〔食品表示法〕

(目的)

第1条 この法律は、食品に関する表示が食品を摂取する際の安全性の確保及び自主的かつ合理的な食品の選択の機会の確保に関し重要な役割を果たしていることに鑑み、販売(不特定又は多数の者に対する販売以外の譲渡を含む。以下同じ。)の用に供する食品に関する表示について、基準の策定その他の必要な事項を定めることにより、その適正を確保し、もって一般消費者の利益の増進を図るとともに、食品衛生法(略)、健康増進法(略)及び日本農林規格等に関する法律(略)による措置と相まって、国民の健康の保護及び増進並びに食品の生産及び流通の円滑化並びに消費者の需要に即した食品の生産の振興に寄与することを目的とする。

(食品表示基準の策定等)

第4条 内閣総理大臣は、内閣府令で、食品及び食品関連事業者等の区分ごとに、次に掲げる事項のうち当該区分に属する食品を消費者が安全に摂取し、及び自主的かつ合理的に選択するために必要と認められる事項を内容とする販売の用に供する食品に関する表示の基準を定めなければならない。

一 名称、アレルゲン(略)、保存の方法、消費期限(略)、原材料、添加物、栄養成分の量及び熱量、原産地その他食品関連事業者等が食品の販売をする際に表示されるべき事項

二 表示の方法その他前号に掲げる事項を表示する際に食品関連事業者等が遵守すべき事項(以下略)

 

結び

このように「マグロ属=マグロ・ネギトロ」と「ナイルパーチ=白身フライ」を見てきますと、店頭で販売される食品(JAS法)と、外食での商品名表示(食品表示法)には、別の法律が適用されていることがわかります。食品表示法は食品そのものに係るため厳密に規定する方が、消費者の利益に資するということでしょうか。消費者も、外食店で、白身フライの原材料や産地までこだわっていたらきりがないということかもしれません。そう考えると、日々スーパーで丁寧に食材を選んでいても、外食ではそうした留意を払うことすらできないのは残念ともいえますね。

以上