「ビジネスに関わる行政法的事案」第26回:「転売屋からは買わない」というのは正しいのか?

第26回:「転売屋からは買わない」というのは正しいのか?    神山 智美(富山大学)

 

はじめに

この原稿を執筆したのは2020年3月9日(月)ですが、法律的には今も変わっていないので、そのまま掲載します。
新型コロナウイルスへの危惧により高騰するマスクに対して、政府が対処を始めました。第一次オイルショックがあった1973年に制定された国民生活安定緊急措置法に基づく措置だそうです。今回は、この法律と、そもそも転売屋(「転売ヤ―」とも表現されている。)からは購入していけないのかどうかについて考えたいと思います。

 

国民生活安定緊急措置法とは

国民生活安定緊急措置法とは、第一次オイルショックによる物価の急激な上昇と、それによって生じた混乱を受けて、「物価の高騰その他の我が国経済の異常な事態に対処する」ために、「国民生活との関連性が高い物資及び国民経済上重要な物資の価格及び需給の調整等に関する緊急措置を定め、もつて国民生活の安定と国民経済の円滑な運営を確保することを目的とする」法です(1条)。

国民生活との関連性が深い生活物資の価格の安定のために対処するための同法の運用方針は、政府が、①国民の日常生活に不可欠な物資を優先的に確保する(2条1項)、および②国民生活を安定させるため、必要な情報を国民に提供する(2条2項)です。

そのため、政府は、(一社)日本衛生材料工業連合会に対し、400万枚のマスクの売渡しを指示したことを明らかにしました。そのうえで、まずは人口に占める患者数の割合が特に大きい北海道・中富良野町と北見市へ、1世帯40枚のマスクを配布するとしました(日テレNEWS24 2020年3月3日23:45)。

続いて、3月5には、「何度でも再利用可能な布製マスクを、2,000万枚、国が一括して購入します。高齢者の介護施設や障害者施設、保育所、今般の学校休業に伴う学童保育などの現場に、自治体の協力も得ながら、少なくとも1人1枚は行き渡るよう、十分な量を配布させていただきます。(中略)同時に、医療機関向けのマスクについて、国内メーカーに増産を要請するとともに、海外からの輸入を拡大することにより、1,500万枚、国として確保します。これを、自治体などを経由して、必要な医療機関を対象に優先配布を行うことで、マスク不足によって医療現場に支障が生じることがないよう、万全を期してまいります。(経済産業省ウェブサイト)」と首相は発言しました。

こうしたマスク売渡しの指示は、経済産業省のウェブサイト「マスクや消毒液やトイレットペーパーの状況 ~不足を解消するために官民連携して対応中です~(https://www.meti.go.jp/covid-19/mask.html)」でも確認できます(図表2 右側)。

 

 

これらは、同法22条1項に基づく措置で、同法に基づき初めて売渡しの指示が行われたことになります。

 

〔国民生活安定緊急措置法〕

第22条 主務大臣は、特定の地域において生活関連物資等の供給が不足することにより当該地域の住民の生活の安定又は地域経済の円滑な運営が著しく阻害され又は阻害されるおそれがあり、当該地域における当該生活関連物資等の供給を緊急に増加する必要があると認めるときは、当該生活関連物資等の生産、輸入又は販売の事業を行う者に対し、売渡しをすべき期限及び数量、売渡先並びに売渡価格を定めて、当該生活関連物資等の売渡しをすべきことを指示することができる。

 

マスクおよび消毒剤のオークション出品の自粛とは

経済産業省は、転売目的での買い占めを防止するとともに、既に転売目的で保有しているマスクを市場に供給するため、従来の「高値取引の自粛」から更に一段取り組みを進め、一定期間後「オークションへの出品自体の自粛」を求めるとしています。

同省のウェブサイトによれば、「具体的には、ネットオークション事業者に協力を求め、令和2年3月14日(土)以降当分の間、マスク及び消毒液の出品の自粛を要請します。」とのことです。この要請を受けて、既に、オークション経営各社が、マスクなどの出品を禁止することを発表しています。

転売目的で買いだめしたものがあれば、3月14日以降に出品を規制される前に、自主的に放出させることが一つの狙いでもあるのでしょう。

 

転売屋(転売ヤー)から高値で購入してはいけないの?

誰しも割高な商品を買いたいわけではありません。それでも、必要な場合というのもあります。そうしたときに、「やむをえず」転売ヤーから購入することは許されるのでしょうか?

「違法じゃないですよね?」という疑問に対しては、「そうです、決して違法な売買行為ではありません。」とお答えします。それでも、やはり、いけないことだと思う人と、そうではないと思う人がいることでしょう。以下に、それぞれの考えを持つAさんとBさんが会話をしています。

 

Aさん:「何でマスク10枚1万円で売っちゃいけないの?貴重な品で品薄なんだから値段は上がるに決まってるんだから、売らせればいいじゃん。」

Bさん:「ダメだよ。転売屋(転売ヤー)を不当にもうけさせるし、売り惜しみする事業者が余計に増えちゃうよ。」

Aさん:「そういうこと言ってると、市場に物が出回らないよ。マスクを欲しい人が買えなくなるよ。」

Bさん:「それは、高くても売れるようにしたほうが、高くても買いたい人は購入できるからってこと?」

Aさん:「うん。高い値段でも買いたい人が、必要に迫られていて購入意欲の高い人なんだから、そういう人にだけでも行き渡った方がいいでしょう。」

Bさん:「えっつ(驚)?たくさんお金出せる人がマスクを必要な人ってこと?」

Aさん:「そうでしょう。それだけお金を出しても欲しいと思えるんだから。」

Bさん:「そうではないと思うよ。お金はたくさんは出せないけど、マスクを必要としている人はたくさんいると思うよ。」

Aさん:「経済活動に、正義の観念を絡めると面倒くさくなるんだよ。高く売れるとわかれば、マスクを作ろうって事業者も出てくるだろうし、どんどん市場に物が出てくれば自ずと値段が下がってくるよ。そうした市場のメカニズムを予測できない人たちが、“高いから買わない”って我慢してると、物が市場に出回らないままだよ。」

Bさん:「確かに高額を出しても買いたい人がいれば、買ってもいいとは思うけど・・・なんかひっかかるなあ。(考え込み)もしも自分が、短期で儲けりゃいいやって思う製造メーカーだったら、そうすると思う。でも、長期で考えたら、他のメーカーも値上げしないのに、自分だけ値上げはできないと思う。」

Aさん:「皆が値上げしたのに、自分だけ値上げしないで、メーカーのブランドイメージを挙げるって方法もあるかもね。」

Bさん:「私が消費者だったら、値上げしたメーカー名を覚えてて、この事態が鎮静化したときには自分だけでそのメーカーの不買運動しそうだわ。ただ、製造メーカーとか小売りとかじゃなくて、転売ヤーから買いたくないのよね。自分で使う為に買ったのではなくて、それを更に別の人に売って自分の儲けにする人たちに儲けさせたくないのよ。」

Aさん:「そういう輩もいるけど、だったらまず転売で利益を得られるほど大量に売っちゃうのがまずいよね。まあ、下手に統制しないほうが、市場のメカニズムが健全に回るんだけどなあ。売れれば品物が自ずと増えてくるとは思うけどね。」

Bさん:「短期間で設備投資して製造ラインを増設して、なんてことは簡単にはできないよね。普段の状況に戻ればマスクなんて安いものだから、設備投資した分が回収できるかどうかすらわからないから。」

 

答えが有るような無いようなテーマですが、転売屋の跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ。意味は「悪人などがのさばり、はびこること。」)が長期間継続するような状態は、A、B共に望ましくないと考えているようです。

 

転売ヤーの実態―例えば人気ゲームで見てみましょう。

もう一つの事例として人気ゲームで見てみましょう。N社のDゲームは人気があり、初回(発売日)発売ロット分は抽選になっています。しかし、N社によれば、Dゲームは「数量限定」ではなく、発売日以降も生産を行うとしています。「待てば入手できるものだから、待ってください」というわけです。

それでも、発売日に入手したいと思う消費者は少なくないでしょう。「転売ヤーだとわかっていても、確実に手に入れたいから買う」人はいるでしょう。そうした人たち向けに、転売ヤーが転売品をメーカー価格の1.6倍程度の値段で売るようです(図表3参照)。

興味深いことに、転売ヤーもいろいろで、9万円という2倍以上の値段をつけていたところもありましたが、2020年3月9日現在では、図表3の86件の転売ヤーの値段はおおむね6万円程度で横並びです。こうした価格設定には、確実に、市場のメカニズムが働いているといえます。つまり、「転売ヤーも増えれば値崩れする」ということですね。

 

 

むすび
今回のマスクやトイレットペーパーの品切れ状態に直面して、消費者一人ひとりの行動は、侮れないものであると思います。とりわけ、トイレットペーパーに関しては、SNSの情報が多くの消費者を購買行動に駆り立てた結果、品切れが生じました。さらに、一般の人が、オークションサイトを用いて転売ヤーになるということも可能になってきています。
とはいえ、多くの商品は、大きな過不足もなく、日々、上手に補充されています。近所のスーパーや薬局に行って、品切れで困ることもなく、私たちは国民生活安定緊急措置法とは長らく無縁に過ごしてこられたからです。これはひとつの「技術(スキル)」だなあと、また、あらためて感心しております。

以上