「ビジネスに関わる行政法的事案」第31回:2020年種苗法改正について―育成者権と農業者の権利の共存

第31回:2020年種苗法改正について―育成者権と農業者の権利の共存     神山 智美(富山大学)

 

はじめに

2018(平成30)年4月1日からのいわゆる種子法(正式名称「主要農作物種子法」)廃止は賛否両論に分かれ激しい議論がなされました。そしてまた2020(令和2)年種苗法改正案に対して議論が展開された結果、今国会での審議は本日見送りになったようです。(先日は、女優の柴咲コウさんがコメントされ、話題にもなりました。)

わたしは、昨年、ある研究会(行政法・公法系)での報告依頼をいただき、その報告のために「種子」について勉強し始めました。その研究会での自身の報告でも感じたのですが、法律にもそれぞれの領域があり、それぞれの考え方があるということです。本件では、知的財産法における「育成者権」、公法・国際公法等における「農業者の権利」、および食料(糧)安全保障における公的種子に関する議論は、互いに相いれないもののようにも思えます。

とりわけ、今般の種苗法改正に関して話題になっているものとして、「自家増殖の見直し」があります。これに関しては、育成者権農業者の権利(農民の権利)、商業主義と各地の農家の営み、はそれぞれ対立するもののようにとらえられていますが、私自身は、2020年改正種苗法案の下で共存できるのではないかと考えています。それをお示ししたいと思います。

(なお、この原稿は2020年5月20日(水)に執筆しており、本稿は筆者の見解によるものであり、GBL研究所とは関係がないことを申し添えます。)

 

種苗法とは

種苗法とは、新品種の保護のための品種登録に関する制度(品種登録制度)を柱に、品種の育成の振興と種苗の流通の適正化を図ることで農林水産業の発展に寄与することを目的とする法律です(種苗法第1条)。2018年4月以降の種子法廃止後は、主要農作物種子(稲、大麦、はだか麦、小麦および大豆)もこの種苗法の射程となっています。

品種登録制度は、植物版の特許のようなものと受けとめてください。植物新品種の開発者が登録した品種が「登録品種」であり、登録者が持つ権利が「育成者権」となります。

 

2020年種苗法改正における「自家増殖の見直し

本稿で取りあげるのは、種苗法改正のなかでも、「自家増殖の見直し」の部分です。

これは、「育成者権の効力が及ぶ範囲の例外規定である、農業者が登録品種の収穫物の一部を次期収穫物の生産のために当該登録品種の種苗として用いる自家増殖は、育成者権者の許諾に基づき行うこととする(種苗法第21条第2項・第3項の削除)」という改正部分です。

種苗法21条第1項、第2項は「育成者権の例外」が規定され、同条3項は「育成者権の例外の例外」として第2項の例外として育成者権の対象となるものが規定されています。第2項と第3項が削除されるのですが、第2項には、農業者の自己採種(増殖)の項目が、さらに第3項には自己採種(増殖)の例外となる植物体が別途省令で法定されていることが規定されていました。そのため、2020年法改正により、農業者が登録品種の収穫物の一部を次期収穫物の生産のために当該登録品種の種苗として用いる場合には、育成者権者の許諾が必要となります。

この部分が、育成者権の偏重であり、「農業者の権利」「(農業者の)種子へのアクセス権」を侵害するのではないかと考えられているわけです。

 

〔種苗法〕

第21条 育成者権の効力は、次に掲げる行為には、及ばない。(以下略)

2 農業を営む者で政令で定めるものが、最初に育成者権者、専用利用権者又は通常利用権者により譲渡された登録品種、登録品種と特性により明確に区別されない品種及び登録品種に係る前条第2項各号に掲げる品種(以下「登録品種等」と総称する。)の種苗を用いて収穫物を得、その収穫物を自己の農業経営において更に種苗として用いる場合には、育成者権の効力は、その更に用いた種苗、これを用いて得た収穫物及びその収穫物に係る加工品には及ばない。ただし、契約で別段の定めをした場合は、この限りでない。

3 前項の規定は、農林水産省令で定める栄養繁殖をする植物に属する品種の種苗を用いる場合は、適用しない。

 

農業者の権利」とは

「農業者の権利」とは、「食料及び農業のための植物遺伝資源に関する国際条約(略称:ITPGR)」の前文等に基づきます。

品種改良というものは、人為的な操作や選択、交雑、突然変異を発生させる手法などを用いて行われますが、その素材となっているのは、これまで受け継がれてきた「種」です。この「種」こそが「不可欠な原材料」であるとし、前文の①では、この「種」を保持してきた農業者の貢献を讃えています。そのため、続く②では、農場で保存されている種子その他の繁殖性の素材の保存、利用、交換及び販売等に関する権利を「農業者の権利」としています。

つまり、「農業者の権利」は、農業者の食料および農業、とりわけ品種改良への不可欠の素材提供という貢献こそがその根拠であるといえます。

 

となると少し困ったことが生じてきます。甲県に住むAさんが品種登録して「育成者権」を取得しました。これに、乙県の農業者Bさんの貢献はいかばかりかを考えると、それは皆無またはあっても極めてわずかだということです。こうした場合に、Aさんは、Bさんの「農業者の権利」をどこまで保護するべきなのでしょうか。他方、Bさんは、どこまでAさんに「農業者の権利」を主張できるのでしょうか。
ここでいえることは、Bさんの農業者の権利は、Bさん含め歴代の農業者全体が培ってきた“公共性のあるもの(公共財)“であり、Bさんだけでは形成できないものなのです。そういう性質のものなので、Aさんの育成者権に対して、Bさんの農業者の権利だけでは対抗しづらいように私は考えています。Aさんは、Bさんから直接の恩恵を受けていないのですから、Aさんに育成者権の享有を遠慮してもらう理由は大きくはなさそうです。

「お互い様、互酬性(Reciprocity)」という考え方があります。ここでは、米国の Penn Central Transportation Co. v. New York City(1978年)判決で用いられた意味として用います。公的に価値ある歴史的建造物を所有している者は、それを公共のために維持していく責任が課せられる(自身の利益のためだけに改築・建て替えできない)という考え方です。つまり、ここでは、互いに譲り合う(我慢しあう)ことで公共財を維持していくという意味で捉えます。
本件に当てはめると、育成者権者は、育成者権を所有していますが、それは農業者にとっては”公共性のあるもの(公共財)”を維持するために、十分には主張し得ないということになります。これは、育成者権者が誰であっても、例えば一般の農業者が育成者権者となった場合にも適用されるので、そうした意味では公平になります。
この「お互い様、互酬性」という考え方はどうでしょうか?「皆で我慢しあう、公共財の保持のために」、というと大変美しい話のようにも思えますが、品種開発を行う実力のある人や機関には、育成者権を取得するインセンティブ(動機付け)も少なく、お金の動きが確認できないため全体のシステムを市場経済のなかで回していくには合理的ではないように思えます。

 

 

むしろ、わたしは、次のように考えます。品種改良・品種登録というものは、25年(永年性植物は30年)という期限は設定されています(種苗法第19条2項)。つまり、25年(または30年)の後は、この育成者権は「消尽(しょうじん)」するわけです。また、「種」というものは生き物ですので、当初の特性を保持できなくなった段階で品種登録も終了しますし、市場での売れ行きが芳しくなかった場合などは品種登録を維持する(登録料を支払い続ける)理由がないので品種登録を終了することになります。このように育成者権消尽した後は、まさしく”公共性のあるもの(公共財)“としての「種」が誕生するわけですので、人類および農業者の資産が増えると言えます。この権利消尽後の種からも、次の新品種が誕生する可能性も否めません。こう考えると、Aさんの品種改良と品種登録という行為も、営利目的であるとしても、大変尊い農業への貢献といえるのではないでしょうか。その種を購入することで育成者権者からの恩恵に応えることも、十分に”公共性のあるもの(公共財)”を形成するためには必要な行為に思えます。そうすることで、育成者権者は、市場から開発費用を回収して、次の新たな品種の開発に着手できるのですから。

 

〔食料及び農業のための植物遺伝資源に関する国際条約(ITPGR)〕

〜前文より抜粋〜

「さらに、食料及び農業のための植物遺伝資源が、作物の遺伝的な改良(農業者による選抜、古典的な植物の育種又は現代のバイオテクノロジーのいずれによるものであるかを問わない。)に不可欠な原材料であり、並びに予見することができない環境の変化及び将来の人類のニーズに適応するために不可欠であることを確認し、

食料及び農業のための植物遺伝資源の保全、改良及び提供について世界の全ての地域の農業者、①特に、起原の中心にいる農業者及び多様性の中心にいる農業者が過去、現在及び将来において行う貢献が、農業者の権利の基礎であることを確認し

また、②農場で保存されている種子その他の繁殖性の素材の保存、利用、交換及び販売について、並びに食料及び農業のための植物遺伝資源の利用に関する意思決定並びにその利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分への参加についてこの条約において認められる権利が、農業者の権利の実現並びに農業者の権利の国内的及び国際的な増進のための根本的な要素であることを確認し、」

 

育成者権」と「農業者の権利」の共存

農業の領域にもいろいろなアクターが存在します。ここでは主だったものとして、以下を想定しました。育成者権者として、民間セクターのAと公(行政)セクターのB、農業者として、専業農家CとそうではないDです。

 

 

 

それぞれの育成者権者と農業者の関係をみると、図表6のようになります。

一見して「育成者権」と「農業者の権利」の2つを直接向き合わせると、対立してしまうようにも思えますが、実際には、これらが対立する場面は多くはないようです。というのも、育成者権者は、品種が商業化されている社会のなかで費用を回収するよう努めます。他方、農地を保全(維持)するために尽力されている農業者の多くは、ビジネスとして(種苗法20条の「業として」)農業をされているわけではないことが少なくなく、こうした農家さんの「農業者の権利」も重視できるように思います。

ただし、種苗法第20条の「業として」とは、「第30回の手作りマスク販売の事例」のように、知的財産権を規定する特許法・実用新案法にならいます。すなわち、反復継続する必要もなく営利目的の有無を問いません。つまり、1回の販売のための利用であっても、「業として」に該当しますので、留意が必要です。

 

〔種苗法〕

第20条 育成者権者は、品種登録を受けている品種(以下「登録品種」という。)及び当 該登録品種と特性により明確に区別されない品種を業として利用する権利を専有する。た だし、その育成者権について専用利用権を設定したときは、専用利用権者がこれらの品種 を利用する権利を専有する範囲については、この限りでない。

 

育成者権者間の競合について

私が気になっているのは、A社のようなプライベートセクターの育成者権者にとっては、この種苗法改正がなされても、まだ過酷な競争が強いられる状況が続くのではないかということです。というのもA社は、B県のようなパブリックセクターと競争を強いられます。B県は、税金で成立している事業であり、採算性を度外視できますので許諾料も高くは設定しません。

上記では「育成者権者は、品種が商業化されている社会のなかで費用を回収するよう努めます。」と記しました。が、A社が、B県と対抗しながら市場から費用を回収するのは、依然として厳しいと思われます。

 

では、どうすべきなのでしょうか?案としては以下の1つがあります。1つ目は、公(行政)が、A社に対してサポートをするということです。A社の種苗を購入する農業者への支援でも良いでしょう。こうして、競争原理の働く公正な市場の形成に努めることが重要です。2つ目は、A社とB県ですみわけをして、同じ土俵では競合しないように(民業圧迫をしないように)することです。プライベートセクターが充実してきた領域からは公は撤退して、より公共性の高い領域(在来種の保存やジーンバンクの確立など)に移行することが望ましと言えます。

 

結び

育成者権」も「農業者の権利」も、両刃の剣のようなところがあります。権利主張が強すぎると、活用できませんし、社会への便益・効用も期待できません。それらの効用と射程(どういう人に付与される権利で誰に対して主張できるのか)ということを的確にとらえて活用していくことが望ましいと考えます。

 

以上