「ビジネスに関わる行政法的事案」第36回:今年の夏は「特別な夏」
第36回:今年の夏は「特別な夏」 神山 智美(富山大学)
はじめに
第28回「行政の情報提供活動のあり方について(2)」では、G.W.(ゴールデンウィーク)を控えて、各地の自治体が「海山川に来ないでください」と訴えている様子をお伝えしました。今回は、お盆休み・夏休みにまたも「海山川に来ないで」とお願いしている現状をお届けします。
ただ、今回は、COVID-19対策として、自治体が「お願い」ではなくそれなりの対処をしていますので、それでも利用する(例として、無理やり入山したり遊泳したりする)場合には、まして事故に遭った場合には、それなりの法的責任が伴うことをお伝えします。
「今年は富士山に登れません」、山小屋も封鎖します
富士登山オフィシャルサイトには、「新型コロナ感染拡大予防の観点から、利用者及び管理者の充分な安全確保が困難であるため、富士山は2020年夏季に開山しません。山小屋は休業し、登山道と公衆トイレを含む各種施設は閉鎖されたままになります。」という案内がなされています(図表1)。
この決定に至った理由として、救護所での安全確保ができないことを確認し、そこから山小屋、登山道等も閉鎖せざるを得ないという結論に至ったようです。G.W.前には、山岳団体が「自粛」を呼びかけた形でしたが、今回は、自治体が動いたようです(図表2,3)。
バリケードを乗り越えた場合はどうなるの?山小屋への休業補償はあるの?
自治体が率先しているということは、道路管理課や観光文化政策課が動くことになります。
まず、富士登山オフィシャルサイトには、「2020年は富士山が開山しないため、富士山登山協力金(いわゆる入山料)の受付を行いません」という記述が見つかります。富士山登山協力金は、2013(平成25)年度の試行を経て、2014(平成26)年度より実施されている条例に基づく制度です。
〔山梨県富士山保全協力金基金条例〕
第1条 信仰の対象であり、芸術の源泉である等顕著で普遍的な文化的価値を有する富士山を後世に継承することが重要であることに鑑み、富士山の環境保全に関する施策を実施する等のため、山梨県富士山保全協力金基金(以下「基金」という。)を設置する。
続いて、今年は各自治体も、富士山が開山しないことを呼びかけています。「周知徹底」に励むという状態です。また、富士吉田市の「吉田口登山道」には、2020年6月、二重のバリケードが設置されました。最初のバリケードを突破すると、警告音が流れる警報装置が設置されています。さらに、監視カメラやモニターも導入されており、日中は常駐する警備員が山に登らないように呼びかけ、夜間はセンサーに反応して警告音が鳴るようです(図表4)。
バリケードを乗り越えた登山者がいたとしたらどうなるのでしょうか? 登山道管理者側に瑕疵があるかという観点で見てみると、瑕疵はまったくありません。そのため、分け入って登山を行った登山者の責に帰すことになります。
地裁判決ですが、工事中の道路管理責任が問われたものには、次のような事例(図表5)もあります。工事中のため、バリケード、徐行注意の立看板、セーフティコーンを並べていたにも拘わらず、不幸にして事故に遭遇した(事故になってしまった)場合には、道路管理者の責任は問われないのです。
そのため、富士登山を決行した場合に事故に遭遇した場合には、こうした警告に従わなかった入山者の責任となるのでしょう。
続いて、山小屋への休業補償はあるのでしょうか?今回は、山小屋の組合が自主的に営業をしないことを決定しているので、補償という問題は出てきていないようです。また、救護所スタッフへの補償も、救護所スタッフの方は、通常は病院などに勤務されているからにお願いしているものなので、特に補償という問題は発生していないようです。
海水浴場の開設見送り、でも泳ぎたい人が…
今年は、多くの海水浴場の開設が見送られました。そのため、開設された数少ない海水浴場に人が押し寄せ、「密」状態になっているようです。
ところで、海水浴場には監視員がいて監視・救助を担っていてくださいますが、彼らにはどのような責任があるのでしょうか?
大阪高判平成27年9月3日(図表6)は、海水浴場で死亡事故が発生した事例です。海水浴場の監視を担った特定営利法人には、損害賠償責任は生じるとはされていませんし、この団体に業務委託した自治体にも国家賠償責任は生じるとはされませんでした。「その安全性を確保するための措置として構築された監視体制及び救助体制に瑕疵がなく、監視体制及び救助体制を構築する要素となる人的機構が救助活動を行うにおいて、故意又は過失がない場合」には、責任は問われません。
では、事故になったら、すべて海水浴場となっていないところ、つまり監視員がいないところで勝手に泳いだ人の責任、と考えてよいのでしょうか? そうともいえないようです。東京地判平成20年3月5日(図表7)を見てみてください。これは、海で遊泳中に被告Bが船長として単独乗船する漁船と衝突して死亡した亡Aの相続人である原告らが、被告Bに対しては、不法行為による損害賠償請求権に基づき損害金等の支払いを求めた事件です。この海域は、海水浴場として整備されている場所ではありませんでした。裁判所は、被告Bには、本件事故発生の予見可能性も、結果回避可能性もあったといえるから、本件事故発生についての過失があったというべきであり、したがって、不法行為に基づき、原告らに対し、本件事故によって亡A又は原告らが被った損害を賠償する責任があるというべきであるとして、被告Bに対する原告らの請求を全部認容しました。
海水浴場として開設されていない場所では、プレジャーボートと遊泳者(潜る人も含めて)のゾーニングがなされておらず、互いが入り混じっている現象も見うけられるようです。そのためので、事故が起きる可能性が高まっています。気を付けてくださいね。
海と山 遭難時の捜索費用
最後に、海と山での遭難時の捜索費用について書かせていただきます。よく言われるのは、海では捜索費用が無料で、山ではお金がかかるから、登山保険(レクリエーション保険やレジャー保険)に入りましょう、ということです。
これは、正確には、公的機関の捜索活動は無償ですが、私的機関で行ってもらう捜索活動は有償ということです。
海の場合は、通常は海上保安庁や公益社団法人である日本水難救済会が救助にあたり、基本的には費用を請求されることはありません。
山の場合にも、公務として地元の警察や各地の遭難対策協議会、消防団等に捜索してもらう場合には無償となります。警察や消防にお世話になっても、有償ではないことと同義だと捉えてください。他方、民間の機関にお願いする場合には有償になります。
他方、注目すべきものとして、埼玉県では、県内の山岳地域のうち指定区域で防災ヘリコプターによる救助を受けた場合に手数料を納付するという条例(埼玉県防災航空隊の緊急運航業務に関する条例)ができています。防災ヘリコプターが救助のために飛行した時間5分ごとに5,000円を求めるもので、過去の平均救助時間は1時間程度のようです。ですので、平均時間の1時間として6万円の費用をお支払いすることになるようです。(ちなみに民間ヘリだと数十万円かかるようです。)ただし、災害や経済的困難等の場合は、減額又は免除されるしくみもあるようです。高いんじゃないのと思われる方もいらっしゃるのではないかと思います。こういうヘリは、全員が等しく使うわけではないので、割高感はありますが、それでもこういう仕組みをとることで少しでも財源を確保して救助ヘリを保全していける(パイロットの確保も含めて行っていける)のであれば、良い仕組みだと思えます。
〔埼玉県防災航空隊の緊急運航業務に関する条例〕
第10条 県の区域内の山岳において遭難し、緊急運航による救助を受けた登山者等 (登山者その他の山岳に立ち入った者をいい、知事が告示で定める者を除く。) は、知事が告示で定める額の手数料を納付しなければならない。
2 知事は、災害、経済的困難その他の特別の理由があると認めるときは、前項の 手数料を減額し、又は免除することができる。
むすび
海山川でのレジャーは楽しいですが、相手は「自然」であり「非日常」です。どうか気を付けて思い出つくりをしてください。
〔参考〕
・富士山に登らないで 山梨県がバリケード設置 (NHK ニュースウェブ)2020年6月24日
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200624/k10012481281000.html
・「今夏は立ち入り禁止」富士山の登山道バリケード、例年なら山開きの山梨県側で点検(読売新聞オンライン)2020年7月1日
https://www.yomiuri.co.jp/national/20200701-OYT1T50222/
・「今年は富士山に登れません」登山道にバリケード…山梨県に理由を聞いた (FNNプライムオンライン)2020年6月27日
https://www.fnn.jp/articles/-/55926
・開けたビーチは客が殺到、閉鎖したら勝手に侵入多発 コロナ禍の海水浴が苦慮(京都新聞)2020年8月16日
https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/329177
・中部経済新聞2018年8月掲載 遭難の救助費用 海は無料、山は有料?(愛知県弁護士会)
https://www.aiben.jp/about/library/chukei201808main.html
以上