「ビジネスに関わる行政法的事案」第57回 鶏卵不足による価格上昇―モノの値段のおはなし(1) 

第57回 鶏卵不足による価格上昇―モノの値段のおはなし(1)      神山 智美(富山大学)

 

はじめにマスクの値段と鶏卵の値段(以下鶏卵のことを「」と書きます。)

今年はあわただしくて、あまりこのコラムが書けませんでしたが、年末少し時間をとってあらためて書き始めました。

わたしは、卵料理が好きです。安いし美味しいし栄養あるし、おまけに生食もできるというように、日本の卵は「優秀」でありがたーい存在です。それが、鳥インフルエンザによる鶏の察処分があったので、低い価格の下では需要に比べ供給が足りなくなり、値段が高騰しています。(今は少し落ち着いてきています。)
以前、マスクの高騰のときに、経済学者さんの「高くても購入しようという人がいるんだから、売ればいいのに。市場に価格をゆだねればいいのに。そうすれば高くても買うという人にだけでも行き渡る。」との発言に疑問を感じたというお話を書きました。
もう忘れてしまわれている人が少なくないと思います。当時は、マスクの転売に一定の規制を実施する「国民生活安定緊急措置法(1973年法律第121号)」が適用されました。今回の卵の高騰は話題になりましたが、同法は適用されていませんね。なぜでしょうか?

 

国民生活安定緊急措置法とは
この法律は、第一次オイルショックによる物価の急激な上昇と、それにより生じた混乱という社会不安を受けて制定されました。トイレットペーパー騒動が有名です。

国民生活安定緊急措置法

(割当て又は配給等)
第26条 物価が著しく高騰し又は高騰するおそれがある場合において、生活関連物資等の供給が著しく不足し、かつ、その需給の均衡を回復することが相当の期間極めて困難であることにより、国民生活の安定又は国民経済の円滑な運営に重大な支障が生じ又は生ずるおそれがあると認められるときは、別に法律の定めがある場合を除き、当該生活関連物資等を政令で指定し、政令で、当該生活関連物資等の割当て若しくは配給又は当該生活関連物資等の使用若しくは譲渡若しくは譲受の制限若しくは禁止に関し必要な事項を定めることができる。

2020(令和2)年3月15日に、同法の政令が改正されました。この政令の内容は、

①一般の消費者が利用する薬局やスーパー、メーカーの食販サイトなどで購入し、

②その購入価格を超える価格で、

③面識がない人や多数の人などを対象にマスク(衛生マスク)および消毒等用アルコールを転売する行為を禁止するものでした。

違反した場合には、1年以下の懲役または100万円以下の罰金、あるいはその両方が科せられました。

同政令は、2020(令和2)年8月25日に改正され、それにより、同法26条1項で生活関連物資等として指定している衛生マスクおよび消毒等用アルコールの指定を解除しました。

不足になぜ国民生活安定緊急措置法は適用されないのか?
では、なぜ不足には国民生活緊急措置法は適用されなかったのでしょうか?
の転売まではなされていないからでしょうか。

前出の経済学者さんに伺ってみました。というのも、私は、私の好きなうどん屋さんのメニューから卵料理(釜玉うどん、温泉、ゆでの天ぷら等)が消えたので、残念に思ったからでした。市場には高いけれど存在はしているので、値段を上げてでもお店で提供してほしいと私は思っていたのです。そこで、の値段はどのように捉えられるものなのかが気になったからでした。

(私)「料理が、お店から消えています。市場に価格をゆだねて、少し高目にはなるけれど市場に委ねたお値段で料理をお店で出してくれればいいのにと残念に思います。」

(経済学者)「の場合は、お店がを高値で購入して、『商品も値上げしました』といって売って儲けが出るならそうするでしょう。ただ、マスクは買わずにはいられませんでしたが、は無くてもうどんは食べられますので儲けが出ないと判断したのでしょう。」

(私)「たしかに、が無くてもうどんは食べられますね。マスクとはどのように異なるのですか?」

(経済学者)「マスクの高額化は、買わない人を増やします。こうした人たちのおかげで、需給がバランスします。ただ、これで話は終わりません。」

(私)「続きのお話を聞かせてください。」

(経済学者)「高値で我慢すると何が良いかというと、これは以前より儲かるということで、既存企業が供給を増やし、かつ場合によっては参入企業が増えます。マスクを製造することは企業にとってそれほど難しいことではないので、高値が続けば儲けが出ると考える企業が増えても、不思議ではありません。実際、政府が国民にマスクを配ったころには、既存企業や参入企業の供給体制が整い、店頭にマスクが並ぶとともにもはやマスクの価格はほぼ頃名前と変わらない状態に近づいてゆきました。先の我慢により、同じような値段で今まで以上に商品が流通するようになったのです。」

(私)「料理は高値になるのではなく、商品提供がなされませんね。」

(経済学者)「を高値で購入して、『値上げしました。すみません。』と言って高値で月見うどんを打って儲かるならそうすると思います。しかし、値上げしたときに、お客さんがを含むうどんメニューの注文を控えるようになると、却ってその商品からの儲けは減ります。が無くてもうどんは食べられますので。」

(私)「なるほどです。ただ、がないと何か物足りないと感じる私には、とても残念です。」

(経済学者)「おそらくが今の物価上昇程度で手に入るようになれば、再開されるのではないでしょうか。」

 

企業は値上げせずに販売し続けることも可能なはずでは?

私が疑問に思っているのは、業者さんもマスク業者さんも、市場に供給量が減ってくると、なぜ値段を上げるのか、ということです。と申しますのも、生産者にとっては、原材料が上がる場合であればその分を価格に転嫁せざるをえないでしょう、これは納得できます。しかし、なぜ供給量が需要量よりも少ないことをもって値段を上げるのでしょうか。

これに対して、経済学者さんは価格が上がらないと、早い者勝ちになり、高い価格を支払ってでもが欲しい人にが行き渡らなくなる」ということを教えてくださいました。これもなるほどと思いました。「早い者勝ち」よりも「高い価格を払ってでもが欲しい人」にというほうが衡平(バランス的均衡がとれている)という判断なのでしょう。

他方で、時間がある人にとっては、「早い者勝ち」のほうがありがたいですよね、商品があるところを探して買いに行くのも努力だから、と言われそうです。ですが、供給不足で、高額でも売れるのであれば、高額になるのはやむを得ないことですね。

結び

現在では、実際に、「が今の物価上昇程度で手に入るようになった」ので、を含むうどんメニューが販売されるようになっています。その時の値上げだけではなく、「我慢すると生産者がどう動くか」ということまで考えるのが大事なのですね。

 

以上