「ビジネスに関わる行政法的事案」第63回 クマの管理(獣害管理):環境大臣による狩猟制限と都道府県の許可捕獲との関係について

第63回 クマの管理(獣害管理):環境大臣による狩猟制限と都道府県の許可捕獲との関係について      神山 智美(富山大学)

 

はじめに

人口が減ってきており、人の活動域も縮減してきています。各地でコンパクトシティ政策が進められてもいます。とすれば、クマがクマの活動域と認識するエリアも増えるわけですので、クマとヒト(人)が遭遇する空間は自ずと増えますよね。

そのため、クマによるヒトへの被害の報道が増えてきています。クマによる人身被害は、2023(令和5)年度は219人(うち死者6人)となり、過去最大となっています。

こうしたところ、先日、ネットニュースで紀伊半島のツキノワグマによる人(ヒト)への被害が増えていることが報道されました。被害の増加が確認されまずが、この地域のクマは環境省に「希少種」として指定され捕獲禁止になっているので対処できない、そのため県民の安全を守るためにも環境省に規制緩和を要望している、という内容でした。

しかし、それは正しい理解ではありません。

そこで以下では、環境大臣による狩猟制限と都道府県による鳥獣管理との関係について考えます。つまり、クマの管理については、だれが責任を担っているかということについての検討です。

1.保護管理

はじめに、鳥獣保護管理法(正式名称:鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律)における保護管理について述べておきます。

一部の鳥獣は農林業上有害なノネズミ、害虫、雑草の種子等を捕食しており、また海鳥は魚群探知の効能を有しています。こうした有益な野生動物や、その生息数を減らしてしまっている希少動物を「保護」する必要が唱えられてきました(鳥獣保護管理法2条2項)。

一方、野生動物がヒトの生活圏に出没して悪影響を与えたり、農作物などを食べ荒らしたりすることにより、農林水産業や生態系に被害を与える場合が問題視されてきました。「管理」は、こうした場合には、これらの被害を防止することです。いわゆる鳥獣害防除のための「個体数管理」「間引き」のことです(同法2条3項)。

保護は野生動物の命を守ることですが、管理は命を奪うことという面もありますね。

〔鳥獣保護管理法〕

第2条 2この法律において鳥獣について「保護」とは、生物の多様性の確保、生活環境の保全又は農林水産業の健全な発展を図る観点から、その生息数を適正な水準に増加させ、若しくはその生息地を適正な範囲に拡大させること又はその生息数の水準及びその生息地の範囲を維持することをいう。

3この法律において鳥獣について「管理」とは、生物の多様性の確保、生活環境の保全又は農林水産業の健全な発展を図る観点から、その生息数を適正な水準に減少させ、又はその生息地を適正な範囲に縮小させることをいう。

2.管理鳥獣にクマが指定される

クマ類が住居集合地域等に出没し、人の生命・身体に危険を及ぼしかねない状況が報じられることが増えました。このような場合には、警察官職務執行法4条1項の適用も視野に、警察部局と密接に連携・協力して対応することが求められています。

さらに2024年2月には、環境省が設置した専門家による検討会の決定を経て、クマ類も「管理」の対象となる方針が環境大臣によって示されました。同年4月には、クマ類も指定管理鳥獣(鳥獣保護管理法2条5項)に加えられています。

〔鳥獣保護管理法〕

第2条 5 この法律において「指定管理鳥獣」とは、希少鳥獣以外の鳥獣であって、集中的かつ広域的に管理を図る必要があるものとして環境省令で定めるものをいう。

〔鳥獣保護管理法施行規則〕

第1条の3 法第2条第5項の環境省令で定める鳥獣は、Ursus arctos(ヒグマ)、Ursus thibetanus(ツキノワグマ)(徳島県、香川県、愛媛県及び高知県の個体群以外の個体群)Sus sceofa(イノシシ)及びCervus nippon(ニホンジカ)とする。(下線は筆者による)

3.狩猟とは

鳥獣保護管理法では、鳥獣及び鳥類の卵の捕獲は禁じられています(8条柱書)。しかし、同法11条1項の規定により狩猟鳥獣を狩猟する場合は例外とされています。

狩猟鳥獣(同法2条7項)は、明確に規定されています。日本に生息する鳥獣約700種のうちから、鳥獣保護管理法施行規則により現在46種類を選定しています。(鳥獣保護管理法施行規則3条別表第二)。

狩猟をする際に必須な知識の1つが「狩猟できる鳥獣」を覚えることです。私も勉強のためと思い、狩猟免許(銃猟Ⅰ種)を取得していますが、この狩猟鳥獣を覚えるのには骨が折れました。

これらの選定は、狩猟対象としての価値、農林水産業等に対する害性および狩猟の対象とすることによる鳥獣の生息状況への影響を考慮してなされています。そのため、全国一律では都合が悪い部分が出てきます。そうした場合には、鳥獣保護管理法施行規則10条により、環境省による制限が課されます。

ツキノワグマを例としますと、以下のような記述があります。三重県、奈良県、和歌山県においてこのような制限が課せられているのは、紀伊半島のツキノワグマは、分類学上は同じツキノワグマなのですが、他の地域に生息するツキノワグマとは地形的に交流がなくこの地域に固有の種であるため、保護を要するという考えに基づくようです。

対象狩猟鳥獣 捕獲等を禁止する区域 捕獲等を禁止する期間
ツキノワグマ(ウルスス・テ

ィベタヌス)

三重県、奈良県、和歌山県、

島根県、広島県、山口県、徳

島県、香川県、愛媛県、高知

県の区域

令和4年9月15日から令和9年9月14日まで

 

 

4.狩猟と(有害駆除を含む)許可捕獲

 この狩猟許可捕獲(鳥獣保護管理法9条)は異なるものです。

狩猟は、鳥獣保護管理法によれば、「法定猟法により、狩猟鳥獣の捕獲等をすること」と定義されています。その方法は、銃猟、わな猟、網猟の三つの方法で、狩猟免許を必要とすします。狩猟期間は、地域や動物種によって異なる場合もありますが、原則として通常毎年10月15日から翌年4月15日までです。

一方、(有害駆除を含む)許可捕獲は、農林水産業に被害が及ぶ場合や学術研究上必要な場合に、環境大臣や都道府県知事の許可を受けて野生鳥獣を捕獲することです。期間は、許可された期間であれば一年中行うことができますし、場所についても鳥獣保護区内で行うことも可能です。狩猟鳥獣を含むすべての鳥獣が対象であり、危険猟法にも該当する猟法を使うことができます(危険猟法については環境大臣の許可が必要になります。)。

このように、狩猟許可捕獲は、目的や方法、期間などが異なっています。

環境省のウェブサイトに、以下のような表が掲載されています。

 

〔鳥獣保護管理法〕

第9条 学術研究の目的、鳥獣の保護又は管理の目的その他環境省令で定める目的で鳥獣の捕獲等又は鳥類の卵の採取等をしようとする者は、次に掲げる場合にあっては環境大臣の、それ以外の場合にあっては都道府県知事の許可を受けなければならない。

一 第28条第1項の規定により環境大臣が指定する鳥獣保護区の区域内において鳥獣の捕獲等又は鳥類の卵の採取等をするとき。

二 希少鳥獣の捕獲等又は希少鳥獣のうちの鳥類の卵の採取等をするとき。

三 その構造、材質及び使用の方法を勘案して鳥獣の保護に重大な支障があるものとして環境省令で定める網又はわなを使用して鳥獣の捕獲等をするとき。

5.環境大臣による狩猟制限と都道府県の許可捕獲

では、環境大臣による狩猟制限(鳥獣保護管理法施行規則10条)は、都道府県のツキノワグマの管理に影響を及ぼすのでしょうか。

答えは、ほぼ「NO」です。

同法施行規則10条は、狩猟に関する制限ですから、狩猟には環境省の制限がかかるという点では狩猟によりツキノワグマの頭数は減りません。しかし、同制限は許可捕獲には影響しません。都道府県が鳥獣保護管理事業計画(同法4条)に則り、第二種特定鳥獣管理計画(同法7条の2)を策定し、ツキノワグマの管理を粛々と進めればよいのです。ただし、第二種特定鳥獣管理計画があることが望ましいですが、同計画が策定されていなくとも許可捕獲は可能です。

「紀伊半島のツキノワグマは、環境省により保護のための制限がなされているのに、管理鳥獣に指定されていて管理の対象とされている」この事実は一見して矛盾するように思えますが、以下のように整合的に捉えることが可能です。

野生鳥獣の捕獲は原則として禁止されており、一部の狩猟鳥獣は狩猟対象とされています。ツキノワグマは全国的には狩猟鳥獣ですが、一部の個体群は狩猟鳥獣から除外されています(これが環境省による制限です。)。他方で、ツキノワグマには、集中的かつ広域的に管理を図る必要が出てきました。そのため環境省は(一部の都道府県を除く範囲で)管理鳥獣に指定して、該当する各都道府県において許可捕獲による管理をより積極的に行うことを可能としたのです。

ツキノワグマが指定管理鳥獣になったということは、都道府県が国の助成をうけて(第二種特定鳥獣管理計画に基づき)管理できるということを意味します。そのため、クマによる被害を食い止める責任は、都道府県に重く課せられることになったのです。

では、環境省や都道府県にクマの被害を食い止める責任があるとして、クマに人的被害等を被った人が環境省や都道府県に被害抑制措置を怠ったとして損害賠償を請求することは可能なのでしょうか。この問題に関して真正面から判断した判例はありませんが、おそらく難しいと考えます。というのも、クマは野生生物であり、人間には制御しづらい自然です。そうした自然公物の管理責任は、確かに公(行政に)に課せられていますが、問われる法的義務は限定的なのです。例えば、道路という公物管理においても、高速道路か、一般道か、遊歩道か、登山道か等で、道路管理者に問われる責任は一様ではありません。むしろこうした野生動物の問題には、棲み分けに基づく共存が求められており、まずもって我々には被害に遭わないように(ツキノワグマに遭遇しないように)対処することが求められています。

以上

 

<参考>

読売新聞ONLINE「クマ「絶滅危惧」で駆除できず・・・県、規制緩和を環境省に要望へ」8/23(金) 12:17

https://news.yahoo.co.jp/articles/3b36d49c9b30a06072794f3b352be732842c7385(2024年8月28日閲覧)

環境省「クマ類の生息状況、被害状況等について」https://www.env.go.jp/nature/choju/effort/effort12/kuma-situation.pdf(2024年8月28日閲覧)

環境省「野生鳥獣の捕獲 捕獲許可制度の概要」https://www.env.go.jp/nature/choju/capture/capture1.html(2024年8月28日閲覧)