「ビジネスに関わる行政法的事案」第30回:マスクに係る実用新案と特許

第30回 マスクに係る実用新案と特許    神山 智美(富山大学)

 

はじめに

新コロ禍では意外なものが売れ始めたようです。マスクや消毒液、テレワークのためのパソコンや周辺機器は当たり前として、まとめ買いのための冷凍庫や自宅学習教材等もです。自宅の庭で野外活動をするようにキャンピンググッズが売れているという報道もありました。食事や講義・セミナーまで、デリバリーやウェビナー(Webinar)*という形態で、自宅にお届けされるようになりました。

「三密を避ける」はもちろんのこと、「新しい生活様式」「ソーシャルディスタンス」という表現も定着しつつあります。ちなみに、この「新しい生活様式」は、厚生労働省のウェブサイトで以下のように実践例が公表されております(図表1,2参照)。なかなかに読み応えのある詳細な内容ですので、よろしければご覧ください。

 

*ウェビナー(Webinar)とは、”ウェブ(Web)” と “セミナー(Seminar)を組み合わせた造語で、ウェブ上でのセミナー受講を指す。

新しい生活様式」とマスク

「(1)一人ひとりの基本的感染対策」の4つ目に、「外出時、屋内にいるときや会話をするときは、症状がなくてもマスクを着用」とあります。咳エチケット**も定着してきました。マスクは、新しい生活様式の必需品なのかもしれません。

昨今では、小池百合子都知事が、手作りマスクを着用したことでも、手作りマスクが話題になりました。波模様はハート柄、フラッグ(旗)風、白いレースのもの等、「全部で幾種類持ってらっしゃるのだろう?」「白いレースの、私も欲しい」等と話題になってましたね。「披露会」が、ウェブのなかで繰り広げられていますし、マスクの型紙があらゆるところに頒布されています。作ってみられた方もいらっしゃるのではないでしょうか。我が家も、娘が「マスクカバー」や「マスク」を作っていましたが、披露会はしてくれません(自称「失敗した」と言っています。)。私は、「マスクカバーって暑くないの?」と思ってしまいます。それだけおしゃれにマスクを着用したいのでしょう。

 

**咳エチケットとは、感染症を他人に感染させないために、個人が咳・くしゃみをする際に、マスクやティッシュ・ハンカチ、袖を使って、口や鼻をおさえることで、 特に電車や職場、学校など人が集まるところで実践することが重要とされています。

 

マスクの型紙の頒布、手作りマスクの販売、これって大丈夫?

ある記事の中に気になる記述を見つけました。自作のマスクを売ることにより、特許権や(マスクの型紙の利用により)著作権を知らず知らずに侵害している事例もあるというものです。なるほどと思いつつ、いくつか気になり、調べてみました。

 

まず、型紙の頒布状況です。マスクの作り方を動画で公開して型紙も頒布されている会社や、ローソンのマルチコピー機で型紙を無料で印刷できるサービスをされている会社もありました。世の中のマスク不足に対して、会社として支援されているのでしょう(図表3参照)。

また、手作りマスクを作って販売されている方がたもいらっしゃいました(図表4参照)。加えて、手作りマスクキットも市場に出回っています(図表5参照)。

 

 

特許実用新案

気になる記述に対して、2つのことを申し上げたいと思います。

まず、1つ目に、特許や著作権を侵害することがあると書かれていましたが、マスクの専門メーカーではない方がおそらく侵害する可能性が高いのは「実用新案」であろうと思います。

特許における「発明」とは、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度なもの」をさします(特許法2条1項)。そのため、顔面へのフィット・空間形成、製造コスト、メガネの曇り、防塵機能、ウイルスや花粉の捕捉・フィルター機能、耳にかけるゴム・紐・締め方などが発明の目的(解決すべき課題)として挙げられるようです。

他方、「実用新案」とは、「物品の形状、構造又は組合せに係る考案」で、実用新案登録を受けているものになります(実用新案法1条)。ここで、「考案」とは、「自然法則を利用した技術的思想の創作」のこと(同法2条1項)で、デザイン性の発揮や「ちょっとした発明」等と説明されています。わかりやすい例としては、「バネットラーイオン♪」や「ビトウィーン♪」というCMでおなじみのライオンの歯ブラシ等があります(図表6参照)。

おしゃれなマスクやデザイン性の高いマスクを作ったばあい、もしかしたらそれが実用新案権を侵害するようなデザインになってしまっていることもあるかもしれませんね。

実用新案の取得は、特許等を比較すると容易です。審査もなく実用新案登録出願をするだけで、実用新案権を取得することができます。しかし、特許は保護期間が20年なのに対して、実用新案のそれは10年だけとなります。

 

〔特許法〕

第2条 この法律で「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。

 

〔実用新案法〕

第1条 この法律は、物品の形状、構造又は組合せに係る考案の保護及び利用を図ることにより、その考案を奨励し、もつて産業の発達に寄与することを目的とする。

第2条 この法律で「考案」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作をいう。

 

 

ちなみに、ユニ・チャームのマスクで検索してみました(2020年5月14日筆者調べ)。使い捨てフェイスマスク、使い捨て衛生マスク、使い捨ての不織布製マスク、マスク、マスク用被着部材、粘着剤を利用したマスク、使い捨て着用物品、使い捨てマスクおよびその製造方法、2重マスク、簡易マスク包装体、使い捨てマスクの耳掛部及びその製造方法、使用者の顔に装着されるマスク、マスク用フィルター、収容容器、マスク製造方法およびマスク製造装置等という名称で、特許・実用新案で67件、内訳は、特許60件、実用新案7件の登録がありました。

 

 

特許法や実用新案法違反になるのか?

2つめに、「(知らず知らずのうちに)特許権や実用新案権で保護された内容のマスクを作成してしまっていたら、違反者ということになるのだろうか」「特許権や実用新案権を侵害するのだろうか」ということを考えてみましょう。

特許法も実用新案法も、「業として」の権利を占有します(特許法68条、実用新案法16条)。そのため、業として利用しない場合であれば、そうした知見やデザイン性を活用することも可能になります。では「業として」に、余った手作りマスクを販売する場合等もふくまれるのでしょうか?

結論から言えば、その会社(法人)の定款に“「マスク販売等」を業務の一部とする”と解釈できる表現があるとすれば、「業」となりえます。さらに、その会社または個人が、反復継続性なく販売する(した)ということであっても、「業として」の特許の実施に該当する可能性があります。“あくまで一時的で一過性のものである”という主張では、特許権侵害を免れない可能性があるということです。それはなぜなのでしょうか?

一般法である商法上の「業として」とは、「営利追求の目的のために反覆継続的に行う本来の営業行為として行う法律行為」です。これに当てはめれば、反復継続しないのだから「業として」には該当しないように思えます。しかし、この「業として」に該当するかどうかは、厳密には、各特別法の規定の解釈によるわけです。知的財産権領域では、とりわけその代表格である特許法68条の「業として」の解釈は、『知的財産用語辞典』によれば、つぎのとおりです。

 

-特許法関係-

業として”とは、事業としての意味である。特許権侵害の成立要件であり(特許法第68条)、営利目的や反復継続性の有無を問わず、事業として特許発明を実施することをいう。つまり、特許製品を生産、販売等したとしても、それが単に家庭的、個人的な実施にとどまる限り、特許権の侵害にはならない。(下線は筆者による。)

 

このように、知的財産権領域では、営利目的や反復継続性の有無は問われていないわけですので、「業として」の範囲も広く捉えうると言えます。ですので、十分な配慮が求められます。

加えて、所得にもなるわけですので、所得税の対象にもなりますので留意してください。

 

〔特許法〕

第68条 特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。(以下略)

 

〔実用新案法〕

第16条 実用新案権者は、業として登録実用新案の実施をする権利を専有する。(以下略)

 

<参考にしたもの>

・上羽秀敏「特許法上の『業として』に関する一考察」

   https://www.jpaa.or.jp/old/about_us/organization/affiliation/chuuou/pdf/no22/no22-6.pdf

 

・「コロナで急増『自作マスク』販売の注意点は? 特許権や著作権侵害にあたる場合も」弁護士ドットコム 5月2日9:45配信

 

・「今話題のマスクについて主に特許の観点からの解説」2020年3月4日 特許取得活用塾

   https://tokkyo-katsuyoujyuku.com/mask_patent/

 

・「マスクに関する特許出願状況と特許から見た課題」岡田テクノ特許事務所

   https://okdtechno.jp/probes/probe042.html

 

・「『業』『営業』の解釈論(判例・行政見解・文献)の集約」みずほ中央法律事務所

   https://www.mc-law.jp/kigyohomu/20551/

 

以上